「愛子天皇」待望論を、世論調査から考える ―― 「賛成多数」の中身

2026-06-22

「愛子天皇」待望論を、世論調査から考える ―― 「賛成多数」の中身

愛子さまに、天皇になっていただきたい」。

そんな声を、よく耳にします。世論調査でも、女性天皇への賛成は7〜9割にのぼります。一見すると、国民の答えははっきり出ているように見えます。

でも、今回はあえて立ち止まって、その「賛成多数」が、いったい何を意味しているのかを見てみたいと思います。


まず、数字を見てみる

最近の各社の世論調査では、おおむね次のような結果が出ています。

  • 女性天皇に賛成 …… 約7〜9割
  • 女系天皇に賛成 …… 約6〜7割

たしかに、どちらも高い支持です。「これだけ多くの人が賛成しているのだから」と言いたくなる気持ちは、よく分かります。

(※調査の社や年によって数字には幅があります。ここではおおよその傾向として示しています。)

世論調査では、どちらも「賛成多数」


ここに、見落としやすい「落とし穴」がある

問題は、その数字の中身です。

女性天皇」と「女系天皇」は、まったく別の話です。女性天皇は「性別」の話、女系天皇は「血統」の話。歴史上、女性天皇は8方おられましたが、女系天皇はただの一人もいません

ここで、見過ごせない調査結果があります。

NHK放送文化研究所が2019年に行った調査では、「女系天皇」の意味を「知っている」と答えた人は、約4割にとどまりました。

裏を返せば、意味を「知らない」人が、約6割。つまり――半分以上の人が、意味をよく知らないまま、「賛成」や「反対」を答えていることになります。

しかも、その調査で女系天皇への賛成は、約7割。意味を知っている人(約4割)よりも、賛成している人(約7割)のほうが多いのです。

もちろん、「知らない」と答えた人が、賛成したのか反対したのかまでは、この調査だけでは分かりません。けれど、賛成が約7割、意味を知っている人が約4割という数字を単純に差し引くだけでも、「意味をよく知らないまま賛成している人」が一定数いることは、避けられません

裏づけは、ほかにもあります。同じNHKの調査では、女性天皇への賛成が74%、女系天皇への賛成が71%と、ほぼ同じ数字でした。意味の重さがまるで違う2つが、ほぼ同じ割合で支持される。これも、多くの人が両者を区別しないまま答えていることの表れです。

つまり「賛成多数」は、「意味を理解したうえでの賛成多数」とは限らないのです。

「女系天皇」の意味を、知っている人は約4割 ―― 半分以上が知らないまま答えている


「愛子天皇」は、実は「女性天皇」の話

ここで、整理しておきたいことがあります。

仮に愛子内親王殿下がご即位されたら――それは「女性天皇」です。お父君は今上陛下ですから、血統は男系。過去に先例のある形です。

問題は、その「」です。愛子内親王殿下のお子さまが皇位を継ぐとなれば、それは女系天皇となり、歴史上はじめての形になります。

ここで、歴史を思い出してみます。過去の8方の女性天皇は、いずれも**結婚して子をなさない「中継ぎ」でした。だからこそ、女系天皇が生まれなかったのです。それは、明文化されない「不文律」**の上に成り立っていました。

けれど、現代で同じことはできません。「結婚するな」「子を産むな」と強いることは、人権の面でも、現実にも不可能です。もし愛子内親王殿下がご即位され、お子さまをもうけられたら――そのお子さまだけを「皇位を継げない」とするのも、難しいでしょう。こうして、なし崩し的に、女系天皇への道がひらいていくのです。

だから「愛子天皇待望論」は、ご本人の代だけを見れば女性天皇の話ですが、その先まで考えると、知らないうちに「女系」への扉を開く議論になりやすいのです。世論調査の「賛成」が、その違いをあいまいにしたまま積み上がっていることには、注意が必要です。

「愛子天皇」を認めると、「女系天皇」につながる


別の見方

もちろん、反対の意見もあります。

  • 女性天皇には過去に先例があり、国民の支持も高い。認めない理由はない。
  • 男女平等の時代に、女性を排除するのは時代に合わない。
  • 世論をここまで無視して、国会だけが男系にこだわるのはおかしい。

これらにも、一理あります。とりわけ「女性天皇」については、先例もあり、慎重論の中にも認めてよいという声は少なくありません。

ただ、くり返しになりますが――「女性天皇」への賛成と、「女系天皇」への賛成は、同じではありません。その線引きをあいまいにしたまま「賛成多数」だけが独り歩きすることには、やはり慎重であるべきだと筆者は考えます。


筆者の考え ―― 天皇は「人気投票」ではない

ここからは筆者の考えです。

愛子内親王殿下のご即位を望む声の中には、「お人柄がすばらしい」「国民に人気がある」という理由が見え隠れします。念のために言えば、これは愛子内親王殿下ご自身への敬意を、いささかも否定するものではありません

筆者が引っかかるのは、「人気」や「好感」で天皇を選ぶ、という発想そのものです。

天皇は、人気投票で決まるものではありません。外見が優れているとか、頭が切れるとか、経営の手腕があるとか、発信力があるとか――そうした「能力」で選ぶものでもない。それらは立派な資質ですが、天皇という存在の本質とは、関係がないのです。それを物差しにするのは、むしろ軽薄なことだと、筆者は思います。

では、天皇を天皇たらしめているものは何か。筆者は、それは「血統」だと考えます。日本の皇位継承の正統性は、歴史を通じて、一貫して「血統」を原理として支えられてきました。人気や能力、人望といったものさしで、皇位が決まったわけではないのです。

そして、この「生まれによって定まっている」ことが、決定的に重要だと思うのです。自分の意思や努力で勝ち取った地位ではなく、生まれたときから背負った宿命。だからこそ、そこに「覚悟」が生まれます。

少し意外な引き合いかもしれません。漫画『ジョジョの奇妙な冒険』に、こんなセリフがあります。語るのは悪役なので、その思想に全面的に賛成するわけではありませんが、この一節は、深く刺さります。

明日「死ぬ」とわかっていても「覚悟」があるから幸福なんだ!「覚悟」は「絶望」を吹き飛ばすからだッ! ――『ジョジョの奇妙な冒険』プッチ神父

自由のない、重い宿命を背負いながら、歴代の天皇が嫌な顔ひとつなさらずお務めを果たしてこられたのは、この「覚悟」があるからではないでしょうか。

そして、その覚悟の積み重ねこそが、二千年の伝統に「正統性」という裏打ちを与えてきた。天皇の振る舞いや人格は、生まれながらの血統と宿命が育てる「覚悟」が形づくる――筆者は、そう考えています。

だからこそ、天皇を「人気」や「賛成多数」で語ることに、筆者は強い違和感を覚えるのです。

もうひとつ ―― 議論の「進め方」に感じる危うさ

いまの皇室典範改正をめぐる議論は、その「進め方」そのものにも、筆者は危ういものを感じています。

一つは、天皇陛下のお言葉を、制度についての「ご希望」であるかのように断定してしまう報道です。天皇は憲法上、国政に関する権能をお持ちになりません(憲法第4条)。だからこそ、折々のお言葉から制度への賛否を安易に読み取り、「陛下はこうお望みだ」と決めつけることには、慎重であるべきです。

もう一つは、「総意」という言葉の使い方です。2026年6月に案①・案②を含む方針がまとまった際に用いられたのは「立法府の総意」(=国会の合意)でした。一方、憲法第1条がいう「主権の存する国民の総意」は、その場の賛否の多寡――世論調査の数字――とイコールではありません。それにもかかわらず、たとえば旧宮家の男系男子を養子に迎える案(案②)を「国民の総意から外れている」と切り捨てるような論調は、「総意」という言葉の意味を取り違えていると、筆者には思えます。

皇位継承は、煽りや空気で決めてよいものではありません。変に対立を煽らず、静かで落ち着いた環境のなかで、事実にもとづいて議論を進めていただきたい――そう筆者は願っています。


まとめ

  • 世論調査では、女性天皇も女系天皇も賛成多数(女性7〜9割/女系6〜7割)。
  • ただし、女系天皇の意味を「知らない」人が約6割=半分以上が知らないまま賛否を答えている(NHK2019。賛成は約7割で、理解する人より賛成する人が多い)。「賛成多数」=「理解したうえでの賛成」とは限らない。
  • 「愛子天皇」はご本人の代では女性天皇(男系・先例あり)。問題はその先(お子さま=女系・先例なし)。過去の女性天皇は「子をなさない中継ぎ」という不文律で女系を防いだが、現代はそれを強いられず、なし崩しに女系天皇への道がひらく。
  • 筆者は、天皇は人気・能力・好感で選ぶものではなく「血統の原理」であり、その血統が「覚悟」を生み、覚悟の積み重ねが伝統の正統性を形づくる、と考える。
  • あわせて、天皇のお言葉から制度上のご希望を断定する報道や、「総意」を世論調査の多数と同一視する論調には、慎重であるべきだと考える。静謐な環境での議論を望む。