2026-08-13

国事行為とは何か ―― 天皇陛下のお仕事を整理する
「天皇陛下は、普段どのようなお仕事をされているのですか」。そう聞かれて、はっきり答えられる人は、多くありません。
「国事行為」という言葉は知っていても、その中身や、ほかの活動との違いまでは、意外と知られていないのです。この記事では、憲法が定める天皇の役割を整理します。連載「皇室の基礎知識」の第11回です。
日本国憲法が定める、天皇の地位
まず、出発点となるのが、日本国憲法第1条です。ここで、天皇は「日本国および日本国民統合の象徴」と定められています。この「象徴」の意味は、シリーズ最終回の「国民統合の象徴とは何か」で詳しく扱います。
そのうえで、憲法にはもう一つ、大切な定めがあります。
天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。 ――日本国憲法 第4条第1項
短い一文ですが、二つのことを同時に言っています。天皇が行えるのは憲法に書かれた行為だけであること。そして、国政に関する権能(権限)を持たないこと。つまり、天皇は政治的な決定を行う立場にはありません。この点が、天皇の「お仕事」を理解する大前提になります。
国事行為とは
では、天皇は何を行うのでしょうか。憲法が定めているのが、国事行為(こくじこうい)です。これが、この記事の中心です。
国事行為は、憲法に定められた、天皇が国のために行う行為です。定めているのは、第6条と第7条の二か条です。
天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。 ――日本国憲法 第7条
この「左の」に続けて、憲法は十の行為を並べています。第6条の二つ(任命)とあわせると、次のとおりです。
- 内閣総理大臣の任命(国会の指名にもとづく/第6条)
- 最高裁判所長官の任命(内閣の指名にもとづく/第6条)
- 憲法改正・法律・政令・条約の公布
- 国会の召集
- 衆議院の解散
- 国会議員の総選挙の施行を公示すること
- 国務大臣などの任免、全権委任状・信任状を認証すること
- 恩赦(大赦・特赦・減刑など)を認証すること
- 栄典を授与すること
- 批准書など外交文書を認証すること
- 外国の大使・公使を接受すること
- 儀式を行うこと
以上がすべてです。国事行為は憲法に限定して列挙されており、天皇が自由に範囲を広げられるものではありません。決められた範囲の、いわば「形式的・儀礼的な国の行為」を担うのが、国事行為です。
国事行為は、誰が決めるのか
もう一つ、欠かせない点があります。国事行為は、内閣の助言と承認にもとづいて行われます。
たとえば「衆議院の解散」も「法律の公布」も、天皇ご自身の政治的な判断で行うものではありません。実質的な決定は内閣(政治)が行い、天皇はそれを形式的に、国の行為として整える、という関係です。
これは、先に見た「天皇は国政に関する権能を持たない」という原則の、具体的な現れです。象徴天皇制のもとでは、天皇は政治から一歩引いた立場にある――そのことが、この仕組みに表れています。
公的行為とは
ここで、読者が最も混同しやすいところに入ります。天皇の活動には、国事行為のほかに、公的行為と呼ばれるものがあります。
たとえば、次のような活動です。
- 被災地のお見舞い
- 全国植樹祭、全国豊かな海づくり大会、国民スポーツ大会などへのご臨席
- 外国賓客との面会
- 宮中で行われる各種の行事
これらは、じつは国事行為ではありません。憲法が列挙する国事行為には含まれない、「象徴としてのお立場にもとづく活動」です。私たちが「天皇陛下のお仕事」として思い浮かべる場面の多くは、この公的行為にあたります。
そして、ここには驚く事実があります。公的行為には、法律の根拠がありません。 政府自身が、国会でこう答弁しています。
皇室の御活動において、国事行為など法的根拠のあるものを除きますいわゆる御公務というものにつきましては、法文上、法令上明文の根拠はございませんで、明確な定義というものはないと考えております。 ――内閣官房内閣審議官、2026年7月15日 参議院・皇室典範等の一部を改正する法律案特別委員会
被災地のお見舞いも、式典へのご臨席も、条文のどこにも書かれていない。定義すら定まっていない ―― それが、私たちが最もよく目にする活動の、法的な位置づけです。
私的行為とは
さらに、天皇にも、一個人としての私的行為があります。学問の研究や、私的なご活動などが、これにあたります。
三つを、表で整理します。
| 国事行為 | 公的行為 | 私的行為 |
|---|---|---|
| 憲法が定める国の行為 | 象徴の立場にもとづく活動 | 一個人としての行為 |
| 法律の公布、国会の召集、衆議院の解散など | 被災地訪問、式典へのご臨席、外国賓客との面会など | 学問の研究、私的な活動など |
| 内閣の助言と承認による | ― | ― |

天皇が国事行為を行えないとき
天皇が、ご病気などで国事行為を行えないときは、どうなるのでしょうか。二つの仕組みがあります。混同されやすいのですが、根拠となる条文が、それぞれ違います。
① 摂政(せっしょう)
憲法第5条と、皇室典範第16条にもとづく制度です。置かれるのは、次の二つの場合です。
- 天皇が成年に達しないとき
- 天皇が、精神もしくは身体の重患または重大な事故により、国事行為をみずから行えないとき(皇室会議の議による)
摂政は、「天皇の名で」国事行為を行います。
② 国事行為の臨時代行
こちらは、憲法第4条第2項と「国事行為の臨時代行に関する法律」にもとづきます。
天皇は、精神若しくは身体の疾患又は事故があるときは、摂政を置くべき場合を除き、内閣の助言と承認により、国事に関する行為を……第十七条の規定により摂政となる順位にあたる皇族に委任して臨時に代行させることができる。 ――国事行為の臨時代行に関する法律 第2条
摂政ほど重い事態ではない、一時的な場合の仕組みです。実際に、平成18年6月9日には、当時の皇太子殿下(今上陛下)が国事行為臨時代行として宮殿でご執務にあたられています。
なお、代行を担えるのは、摂政と同じ順位(皇室典範第17条)にあたる皇族に限られます。皇太子または皇太孫、親王および王、皇后、皇太后、太皇太后、内親王および女王の順です。
ここで、見落とされがちな点があります。内親王・女王 ―― つまり女性皇族も、この順位に入っています。 現在の皇室典範のもとで、女性皇族に皇位を継ぐ資格は認められていません。しかし、摂政や臨時代行を務める資格は認められているのです。
この仕組みが、皇室典範改正の理由になった
意外に思われるかもしれませんが、摂政と臨時代行の担い手をどう確保するかは、2026年の皇室典範改正の立法理由の一つでした。政府は、改正案の提案理由をこう説明しています。
この法律案は、皇族が、摂政、国事行為の臨時代行、皇室会議の議員その他の役割を担っておられることから、皇族数が減少している現状に鑑み、皇族数の確保のための措置を講ずるものであります。 ――内閣官房長官、2026年7月10日 衆議院・議院運営委員会
さらにさかのぼると、上皇陛下の退位を実現した特例法にも、同じ言葉が刻まれています。
皇嗣である皇太子殿下は、五十七歳となられ、これまで国事行為の臨時代行等の御公務に長期にわたり精勤されておられること ――天皇の退位等に関する皇室典範特例法 第1条
退位を認める理由の一つとして、「臨時代行を長く務めてこられた」ことが、法律の条文そのものに書き込まれたわけです。制度の話は、遠いようでいて、現実に動いています。
よくある誤解
誤解されやすい点を、整理します。
- 「天皇が政治をしている」 ―― 違います。天皇は国政に関する権能を持ちません。
- 「天皇が法律を決めている」 ―― 違います。法律を定めるのは国会。天皇は公布を行うだけです。
- 「天皇が総理大臣を選んでいる」 ―― 違います。指名するのは国会。天皇は任命という形式的な行為を行います。
- 「被災地のお見舞いも国事行為だ」 ―― 違います。憲法の列挙には入っておらず、公的行為にあたります。
- 「摂政と臨時代行は同じもの」 ―― 違います。根拠となる条文も、置かれる場面も別です。
筆者の考え
ここからは、筆者の考えです。
筆者は、天皇陛下のお仕事は、「国事行為」だけでは語れないと思っています。
憲法上の国事行為は限られています。けれど実際には、全国各地へのご訪問、被災地のお見舞い、外国との親善など、国民に寄り添われる活動を、歴代の天皇は長く続けてこられました。
こうした公的な活動は、法的な義務ではありません。それでも、多くの国民が皇室に親しみや敬意を抱く理由の一つは、ここにあるのではないでしょうか。国事行為・公的行為・私的行為の違いを知ることで、現代の象徴天皇制を、より正しく理解できると筆者は考えています。
まとめ
- 天皇は日本国および国民統合の象徴であり、国政に関する権能を持たない(憲法第4条第1項)。
- 国事行為は憲法第6条・第7条に限定列挙された国の行為で、内閣の助言と承認によって行われる。
- 被災地訪問や式典へのご臨席などは「公的行為」で、国事行為とは区別される。
- 🔴 公的行為には、法令上の明文の根拠がない。 政府も「明確な定義はない」と答弁している。
- 私的行為もあり、活動は大きく3つに分けられる。
- 国事行為を行えないときの備えは二つ。摂政(憲法第5条・皇室典範第16条)と、臨時代行(憲法第4条第2項・臨時代行法)。根拠条文が違う。
- 🔴 摂政・臨時代行の担い手の確保は、2026年の皇室典範改正の立法理由の一つであり、退位特例法第1条にも「臨時代行等の御公務に長期にわたり精勤」と明記されている。
現代の天皇陛下の役割は、制度と伝統の両方によって支えられています。
参考・出典
- 日本国憲法|e-Gov法令検索 ―― 第1条(象徴)、第4条(権能・委任)、第5条(摂政)、第6条・第7条(国事行為)
- 皇室典範(昭和22年法律第3号)|e-Gov法令検索 ―― 第16条(摂政を置く場合)、第17条(摂政となる順序)
- 国事行為の臨時代行に関する法律(昭和39年法律第83号)|e-Gov法令検索 ―― 第2条(委任による臨時代行)
- 天皇の退位等に関する皇室典範特例法(平成29年法律第63号)|e-Gov法令検索 ―― 第1条「国事行為の臨時代行等の御公務に長期にわたり精勤」
- 第217回国会 参議院 皇室典範等の一部を改正する法律案特別委員会(2026年7月15日)|国会会議録検索システム ―― 公的行為に「法令上明文の根拠はない」との政府答弁
- 第217回国会 衆議院 議院運営委員会(2026年7月10日)|国会会議録検索システム ―― 皇室典範改正案の提案理由(摂政・臨時代行の担い手)
- 国事行為の臨時代行|宮内庁
- 国事行為臨時代行としてご執務になる皇太子殿下(平成18年6月9日)|宮内庁
参考書籍
この記事のテーマを、もっと深く知りたい方へ。
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