2026-08-14

国民統合の象徴とは何か ―― 日本国憲法第1条を読み解く
「象徴天皇」という言葉は、誰もが知っています。けれど、その「象徴」が何を意味するのかとなると、意外に難しいものです。
この記事では、その根拠である日本国憲法第1条を、一文ずつ読み解いていきます。連載「皇室の基礎知識」の最終回、第12回です。
日本国憲法第1条を読む
まず、条文そのものを見てみましょう。
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。 ――日本国憲法 第1条
短い一文ですが、ここには大切な言葉が、いくつも含まれています。分解すると、こうなります。
- 天皇は「日本国の象徴」である
- 天皇は「日本国民統合の象徴」である
- その地位は「主権の存する日本国民の総意」に基づく
この三つを、順番に読み解いていきます。
「象徴」とは何か
まず、「象徴」です。ここが、この記事の中心になります。
意外に思われるかもしれませんが、憲法には「象徴とは何か」という定義は、置かれていません。「象徴」という言葉そのものの意味を、条文が説明しているわけではないのです。
一般には、象徴とは、目に見えない何かを、目に見える形で表すものを指します。たとえば、鳩が平和を表すように。天皇は、日本という国と、国民のまとまりを、その存在によって表す――そう理解されています。
大切なのは、これが国事行為でも見たとおり、政治的な権力を持つ地位ではないという点です。諸外国の国家元首や君主とは、その性格が異なります。政治的な権能を持たず、国と国民のまとまりを象徴する。この象徴天皇制は、日本独自の制度だといえます。
「国民統合」とは何か
次に、「国民統合」です。
ここで注意したいのは、「統合」という言葉を、「国民を政治的に一つにまとめる」という意味で受け取らないことです。天皇が、政治の力で国民をまとめる、という意味ではありません。
そうではなく、日本という国が続いてきたことと、国民のまとまりとを、象徴として表す、という意味に理解されています。被災地へのお見舞いや各地へのご訪問など、天皇の公的な活動は、こうした「まとまりの象徴」としてのお務めと結びついている、と見ることができます。
「日本国民の総意」とは何か
そして、第1条で最も重い言葉が、「日本国民の総意」です。
じつは、この「日本国民の総意」という表現が使われているのは、日本国憲法のなかで、第1条だけです。ほかの条文には出てきません。それだけ、この言葉には、特別な重みが込められていると考えられます。
天皇の地位は、この「国民の総意」に基づく、とされています。これは、国民主権の原則と深く結びついています。天皇の地位が、神によって与えられたものでも、天皇自身の権力によるものでもなく、主権者である国民の総意に基づくという考え方です。
ここは、事実(条文にこうある)と、その解釈とを、きちんと区別して読む必要があります。「総意」をどう理解するかについては、学説や政府見解でもさまざまな説明がなされてきました。この記事では、まず「第1条だけに使われた、特別に重い言葉である」という事実を押さえておきます。
帝国憲法との違い
象徴天皇制の意味は、戦前の大日本帝国憲法と比べると、より鮮やかに見えてきます。条文を並べてみましょう。
大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス ――大日本帝国憲法 第1条
天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス ――大日本帝国憲法 第3条
天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ ――大日本帝国憲法 第4条
「統治ス」と「象徴であ(つ)て」。 同じ天皇について書かれた条文なのに、使われている動詞そのものが違います。この一語の差が、戦前と戦後を分けています。
| 大日本帝国憲法 | 日本国憲法 | |
|---|---|---|
| 主権 | 天皇主権 | 国民主権 |
| 天皇の地位 | 統治権の総攬(そうらん)者 | 象徴 |
| その根拠 | 神聖不可侵 | 日本国民の総意に基づく |

戦前は、天皇が統治権を一手に握る「主権者」でした。戦後は、主権は国民に移り、天皇は「象徴」となりました。この転換こそが、退位をはじめとする現代の皇室のあり方を理解する、大きな鍵になります。
よくある誤解
誤解されやすい点を、整理します。
- 「象徴=飾り」 ―― そうとは言えません。象徴天皇は、国と国民のまとまりを表す、重い役割を担っています。
- 「象徴=何もしない」 ―― 実際には、多くの公的な活動を続けてこられました。
- 「政治とは無関係だから、存在意義がない」 ―― 政治的な権力を持たないことと、存在意義とは、別の問題です。
筆者の考え
ここからは、筆者の考えです。あくまで、一つの見方として読んでください。
筆者は、「日本国民の総意」という言葉は、日本国憲法のなかでも、特に重い意味を持つ表現だと考えています。先に見たとおり、この文言が使われているのは、憲法では第1条だけ。それだけ、特別な意味が込められているのではないでしょうか。
一般には、「国民の意思」は、選挙結果や世論調査から語られることがあります。けれど筆者は、第1条の「総意」は、そうした一時的な世論だけを指すものではないと考えています。
これは筆者自身の解釈ですが、日本という国が長い歴史のなかで皇室とともに歩んできた、そのなかで多くの時代の人々が受け継いできた思いの積み重ね――その延長線上にある言葉ではないか、と感じています。もちろん、この解釈は憲法に明記されたものではなく、一つの考え方にすぎません。それでも、「総意」という言葉の重みを考えるとき、その歴史的な積み重ねにも目を向けることが大切だと、筆者は思っています。
まとめ
- 憲法第1条は、象徴天皇制の根幹を定める条文。
- 「象徴」には法律上の定義がなく、その役割は憲法の趣旨や天皇の活動を通じて形づくられる。
- 🔴 「日本国民の総意」は、憲法全体で第1条にしか現れない。 特に重い表現であり、国民主権と結びつく。
- 帝国憲法では天皇主権・統治権の総攬者だったが、日本国憲法では国民主権・象徴へと変わった。
- 🔴 条文の動詞そのものが変わっている。帝国憲法は「統治ス」、日本国憲法は「象徴であ(つ)て」。
これで、連載「皇室の基礎知識」全12回は、ひとまず区切りとなります。基礎を土台に、これからも一次情報にもとづいて、皇室や皇位継承を分かりやすく解説していきます。
参考・出典
- 日本国憲法 第1条|e-Gov法令検索 ―― 「日本国民の総意」が現れるのは、憲法全体でこの条だけ
- 大日本帝国憲法(明治22年2月11日)|国立国会図書館「日本国憲法の誕生」 ―― 第1条(統治ス)、第3条(神聖ニシテ侵スヘカラス)、第4条(統治権ヲ総攬シ)
参考書籍
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