なぜ天皇は退位できなかったのか ―― 「生前退位」が特例になった理由
2026-07-06

2019年、上皇陛下のご譲位によって、元号は「令和」へと改まりました。
しかし、よく考えると、不思議なことがあります。
なぜ、わざわざ法律を作らなければ、退位できなかったのか。
退位というと、何か特別なこと、異例のことのように感じるかもしれません。実際、近年は「生前退位」という言葉も、さかんに使われました。
けれど、日本の歴史を振り返ると、話は逆です。むしろ、長い歴史の中では、退位が行われていた時代のほうが長いのです。「生前退位」という言葉が新鮮にひびくこと自体が、実は、現代人ならではの感覚なのかもしれません。
今回は、「天皇はなぜ退位できなかったのか」を、歴史をさかのぼって確かめてみたいと思います。
昔の天皇は、普通に退位していた
まず、事実から確認します。
日本の歴史では、天皇が生前に位を譲る「譲位(じょうい)」は、決して珍しいことではありませんでした。むしろ、ごく普通に行われてきました。
- 奈良時代には、すでに譲位の例があります。
- 位を譲ったあとの天皇は、「上皇(じょうこう)」と呼ばれました。
- 平安時代の後期には、上皇が政治の実権を握る「院政(いんせい)」も生まれました。
- 平安・鎌倉の時代を通じて、譲位した天皇は数多くいます。
近世で最後の譲位となったのは、江戸時代後期の光格天皇(1817年)とされています。仁孝天皇に位を譲られたもので、以後、天皇の譲位は途絶えました。つまり、2019年のご譲位は、約200年ぶりのできごとだったわけです。
ここで分かるのは、一つの事実です。「天皇は亡くなるまで在位する」というのは、実は昔からの伝統ではなかった――ということです。
明治になって、「終身在位」になった
では、いつから「天皇は生涯、天皇」となったのでしょうか。
転機は、明治です。
- 1889年(明治22年)に定められた旧皇室典範には、退位(譲位)の規定がありませんでした。
- これによって、天皇が生前に位を譲る道は、制度の上で閉ざされます。
- 背景には、安定した皇位継承を重んじる考えがあったとされます。譲位を認めると、その時々の事情で位が動き、政治に利用される恐れがある――という心配です。
- 実際、明治・大正・昭和の三代は、いずれも崩御(ほうぎょ)まで在位されました。
こうして、「天皇は生涯、天皇である」という、近代になって生まれた新しい制度が、定着していきました。
今の皇室典範にも、退位の規定はない
この「終身在位」の考え方は、戦後にも引き継がれます。
- 戦後の現行皇室典範(1947年)にも、退位の制度はありません。
- 当然、位を譲ったあとの「上皇」という制度も、ありませんでした。
- つまり現行の法律は、そもそも生前の退位を想定していなかったのです。

ここまでをまとめると、こうなります。退位できなかったのは「昔からの伝統」だからではなく、明治以降に作られた制度のためだった、ということです。
上皇陛下の「お言葉」
そこに、大きな問いかけがありました。
2016年、当時の天皇陛下(現在の上皇陛下)が、ご自身のお気持ちを表明されました。 同年8月8日、ビデオメッセージ(「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」)という形で、静かに語りかけられたのです。
ご高齢になられたこと。象徴としての務めを、これからも安定して果たしていけるのか。ご自身に万一のことがあったとき、国民の生活に影響が出ないか――。そうしたお考えを、静かに語られました。
このとき、上皇陛下は、「退位させてほしい」とは、はっきりとはおっしゃっていません。天皇は憲法上、国政に関する権能を持たないお立場であり、「制度を変えてほしい」と直接求めることは、政治的な発言になりかねないからです。
それでも、そのお気持ちは、多くの国民に深く受け止められました。
「特例法」による、ご譲位
国民の理解が広がる中、国会で議論が進みます。そして選ばれたのが、皇室典範そのものを書き換えるのではなく、特別な法律で対応するという道でした。
- 2017年6月、「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」が成立しました(平成29年法律第63号)。
- これは、今回の上皇陛下お一代限りの特例とされました。
- この法律によって、位を譲ったあとの「上皇」「上皇后」という身分も、あわせて定められました。
- そして2019年4月30日にご譲位、翌5月1日に今上陛下がご即位され、元号は「令和」へと改まりました。

つまり「生前退位」は、現行の制度では認められていないからこそ、わざわざ特例法という形をとる必要があったのです。法律を作らなければ退位できなかった――その理由は、ここにあります。
筆者の考え
ここからは、筆者の考えです。
「退位できないこと」が、日本の伝統だったわけではありません。
むしろ、長い歴史を見れば、退位のほうが、ずっと当たり前のことでした。今の「終身在位」という制度は、明治以降に作られた、比較的新しいものなのです。
そう考えると、2019年のご譲位は、ただの一回限りの例外には見えてきません。約200年にわたって行われていなかった譲位が、特例法という形で再び実現した――日本の歴史の中でも、大きな転換点だったように、筆者には思えます。
伝統とは何か。何が古くからの伝統で、何が近代になって作られた制度なのか。それを知ることは、皇室を考えるうえで、大切なことなのかもしれません。
まとめ
- 日本では古代から江戸時代まで、天皇の譲位(生前退位)は、ごく普通に行われていた。上皇や院政もそこから生まれた。近世で最後の譲位は光格天皇(1817年・仁孝天皇へ)。
- 明治の1889年(旧皇室典範)で退位規定が消え、「終身在位」が制度となった。明治・大正・昭和は崩御まで在位。
- 戦後の現行皇室典範にも、退位の規定はない(上皇制度もなかった)。生前退位は想定されていなかった。
- 2016年8月の上皇陛下のお気持ち表明を受け、2017年6月の特例法(お一代限り)で道が開かれ、2019年4月30日にご譲位(翌日、今上陛下ご即位)。上皇・上皇后という身分も定められた。
- その結果、令和への改元が行われた。
「退位できないこと」は、日本の伝統ではありませんでした。
むしろ、長い歴史の中では、位を譲ることのほうが、ずっと当たり前でした。今の「終身在位」は、明治以降に形づくられた、比較的新しい制度なのです。
何が古くからの伝統で、何が近代の制度なのか。それを見分けることが、皇室を静かに考える、はじめの一歩になるのかもしれません。



