「その話は出ていない」―― 平成の陛下が語られなかったこと

2026-07-06

「その話は出ていない」

2009年、皇位継承をめぐる議論が、ふたたび動いていました。

そのころ、政治の世界で、ある話がささやかれます。

陛下は、快く思っていない。

皇位継承の制度をめぐって、当時の天皇陛下(現在の上皇陛下)が、あるお考えをお持ちなのではないか――そうした見方が、永田町に広まった、と言われています。

けれど、のちに、こう伝えられます。

麻生総理との内奏で、皇位継承の話が出たことはない。

では、陛下は、何をお考えだったのでしょうか。

実は、ここにこそ、平成の陛下らしいお姿が、見えてくるように思います。

なお、はじめにお断りしておきます。この記事であつかう「陛下のお考え」とされる話には、公式の記録がありません。確かな事実と、伝えられているだけの話とを、はっきり分けながら読み進めていただければと思います。


2009年、皇位継承問題が動いていた

まず、当時の流れを、事実だけ確認しておきます。

  • 2005年ごろ……小泉政権のもとで、女性天皇・女系天皇を認める案が検討されました。政府の「皇室典範に関する有識者会議」が、女性・女系天皇を認める報告書をまとめています。
  • 2006年……秋篠宮家に悠仁親王殿下がご誕生(9月6日)。男系の男子のお世継ぎが久しぶりに生まれ、女系を認める議論は、ひとまず落ち着きます。
  • その後……男系を維持するため、旧宮家の男系男子を皇室につなぐ方策が、保守の側から、あらためて議論されるようになりました。(今の「養子案」という形が固まるのは、もう少し後のことです。)

2009年は、こうした流れの中にありました。ここでは、どの案がよい・悪いには立ち入りません。事実の流れだけを、確認しておきます。

2009年までの流れ


「陛下は快く思っていない」という話

2009年、ある話が伝えられます。

当時の内閣官房副長官(事務担当)だった漆間巌(うるま いわお)氏が、皇位継承の制度――とくに旧宮家の男系男子をめぐる議論――について、陛下が快く思っていない、という趣旨のことを述べたとされる、というものです。

この話は、保守の関係者に、驚きをもって受け止められたと言われます。もし本当なら、陛下のお考えが、特定の立場を後押しするように使われかねないからです。

評論家の竹田恒泰氏は、このころの出来事を、著書やテレビなどで、たびたび紹介しています。

ただし、ここで、はっきり書いておかなければならないことがあります。

この「漆間発言」とされるものについて、公式の記録は確認できません。 官庁の記録はもちろん、新聞などの一次資料でも、たどれないのです。この出来事は、竹田氏が、著書やテレビで語っているのが、おもな出典です。ですから本記事も、これを「確かにあった事実」としては扱いません。あくまで「そう語られている」という話として、お読みください。


三笠宮家を通じた、確認

竹田氏が紹介しているエピソードは、こうです。

竹田氏は、この話を耳にして、「そんなことはないと思うが、聞いてみよう」と考えた。そして、三笠宮家の寛仁親王殿下(ともひと しんのう でんか)を通じて、宮中に確かめてもらおうとした、というのです。

くり返しになりますが、これも竹田氏が語っている内容であり、公式に裏づけられたものではありません。それでも、この先のお答えとされるものが、とても印象的なのです。


「その話は出ていない」

そして、伝えられたお答えが、これでした。

麻生総理との内奏で、皇位継承の話が出たことはない。

当時の麻生太郎総理との内奏――天皇に国政の報告をする場――で、そもそも皇位継承の話は出たことがない。つまり、漆間氏が言うような「陛下のご意向」が示された事実は、ない――そう伝えられた、というのです。

注目したいのは、その「お答えの形」です。陛下は、

  • 案に賛成とも、おっしゃらない。
  • 反対とも、おっしゃらない。
  • 漆間氏を、批判もなさらない。
  • 制度の中身にも、触れない。

ただ、「内奏で、その話は出ていない」という、事実だけを示された。これが、伝えられている内容です。

二つの言葉


平成の陛下らしい、お答え

この「事実だけを語る」というお姿は、平成の陛下に、一貫していたように見えます。

たとえば、2016年8月。当時の天皇陛下は、ビデオメッセージで、ご自身の務めについてのお気持ちを述べられました。のちに「退位」につながる、あのおことばです。

このときも、陛下は「退位したい」とは、おっしゃっていません。高齢となり、象徴としての務めを果たし続けることが難しくなるのではないか――という、ご自身のお気持ちと、案じておられることを、静かに語られただけでした。「退位」という制度をどうするかは、国民と政治に、ゆだねられたのです。

憲法は、天皇が国政に関する権能を持たない、と定めています(第4条)。だからこそ、陛下は、制度の賛否を、おっしゃらない。それが、平成の陛下のお立場であり、お姿でした。

平成の陛下の姿勢


筆者の考え

ここからは、筆者の考えです。

このエピソードが、竹田氏の語るとおりであるなら、筆者が心を動かされるのは、「陛下は何をお考えだったのか」ではありません。むしろ、「何を、おっしゃらなかったのか」です。

賛成とも、反対とも言わない。誰かを批判もしない。けれど、事実だけは、静かに示される。そして、その事実だけで、漆間氏のものとされる話を、直接否定することなく、そっと退けてしまわれた。

賛否を述べれば、政治を動かしてしまう。さりとて、ご自分の名を使われたことを、見過ごすこともできない。その難しい場面で、ただ「内奏で、その話は出ていない」という事実だけを示す――。これは、賛否にも批判にも踏み込まずに、噂をきれいに打ち消す、見事なお答えだったと思います。

そこには、政治に影響を与えうる立場の重さを、自ら強く意識された、平成の陛下のお姿が、見えるように思います。

たとえお気持ちがあったとしても、それを表に出せば、政治を動かしてしまう。そのことを、誰よりも分かっておられたからこそ、言葉を、慎まれた。――そう考えると、「その話は出ていない」という短い一言が、とても重く感じられます。


まとめ

  • 2009年、皇位継承の問題が議論されていた。
  • 「陛下は快く思っていない」という話が、伝えられた。
  • ただし、その発言とされるものの公式記録は、確認されていない。
  • 竹田恒泰氏は、陛下が「内奏で、皇位継承の話は出ていない」とお答えになった、と紹介している(公式記録はなく、竹田氏の著書・発言が出典)。
  • 伝えられているお答えの中で、陛下は、制度案への賛否には触れられていない。
  • そこには、平成の陛下の、立憲君主としてのお姿が、表れているのかもしれない。

賛成とも、反対とも、おっしゃらない。誰かを、批判もなさらない。

ただ、静かに事実だけを示される。――もしそのとおりだとすれば、そこにあるのは、政治に影響を与えうる立場の重さを、誰よりも深く自覚された、平成の陛下のお姿です。

「その話は出ていない」。この短い一言の奥に、語られなかった多くのものが、あったのかもしれません。