2026-07-27

皇室典範改正は誰が決めるのか ―― 国会・政府・皇室、それぞれの役割
ニュースでは、「皇室典範改正」「政府案」「立法府の総意」といった言葉が並びます。2026年7月には、実際に改正皇室典範が成立しました。
けれど、そもそも皇室典範は、誰が決めるのでしょうか。政府でしょうか。国会でしょうか。それとも、皇室ご自身でしょうか。
意外と知られていない、この「決め方」の仕組み。実は、2026年の改正が、どういう道すじで決まったのかを理解するうえでも、いちばんの土台になる知識です。今回は、国会・政府・皇室、それぞれの役割を順番に整理します。
結論 ―― 決めるのは国会。政府は案をつくり、皇室は関与しない
先に、全体像をまとめておきます。
- 皇室典範は「法律」。したがって、改正を最終的に決めるのは国会です。
- 政府は、有識者会議の設置や制度案の検討、法案の提出といった「案をつくる」役割を担います。
- 皇室は、日本国憲法により国政に関与しません。ご自身の制度であっても、決める立場にはないのです。
そして近年、繰り返し登場するのが「立法府の総意」という言葉です。皇室制度をできるだけ超党派の合意で決め、政争の具としないための考え方で、2026年の改正でも重視されました。
皇室典範とは何か ―― 憲法ではなく、法律
まず、皇室典範がどんな決まりなのかを確認します。
皇室典範は、皇位継承の順序や皇族の範囲などを定めた、法律です(昭和22年法律第3号)。名前に「典範」という重々しい言葉がついていますが、憲法ではありません。法律ですから、他の法律と同じように、国会の議決で改正できます。
実は、ここには歴史があります。戦前の皇室典範(明治22年制定)は、大日本帝国憲法と並び立つ特別な法で、帝国議会は関与できませんでした。それが戦後、日本国憲法のもとで「国会が議決する法律」として作り直されたのです。
皇位継承の順位も、女性天皇を認めるかどうかも、皇籍を離れた人が戻れるかどうかも――すべて、この法律の書きぶりで決まります。
改正を決めるのは、国会
では、その皇室典範の改正は、誰が決めるのか。
根拠は、日本国憲法そのものにあります。
皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。 ――日本国憲法 第2条
憲法が、「皇位の継承ルールは、国会の議決した皇室典範で定める」とはっきり書いているのです。
法律を制定・改正できるのは、国会だけです(憲法41条は国会を「国の唯一の立法機関」と定めています)。皇室典範も法律ですから、衆議院と参議院の両方で可決されて、はじめて改正が成立します。どんなに政府が案を練っても、どんなに世論が盛り上がっても、最後に決めるのは国会――これが基本です。
政府の役割 ―― 案をつくり、国会に出す
とはいえ、国会がゼロから条文を書くわけではありません。実際の制度づくりでは、政府(内閣)が大きな役割を担います。
- 有識者会議の設置 ―― 専門家を集めて論点を整理する(2021年の報告書で「2つの案」――案①・女性皇族の身分保持と案②・旧宮家からの養子――を示したのも、政府の有識者会議でした)。
- 制度案の検討 ―― 報告書や各党の意見をもとに、具体的な条文の形に落とし込む。
- 法案の提出 ―― まとまった案を閣議決定し、国会に提出する。
- 各党との調整 ―― 幅広い合意が得られるよう、与野党の意見を聞きながら調整する。
つまり政府は、「決める」のではなく、「決められる状態まで案を練り上げる」役割です。台所にたとえるなら、料理をつくって食卓に出すのが政府、食べるかどうかを決めるのが国会、という分担になります。
皇室の役割 ―― 憲法により、政治に関与しない
では、当事者である皇室は、どう関わるのでしょうか。
答えは、「関与しない」です。これも憲法に根拠があります。
天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。 ――日本国憲法 第4条
皇室典範の改正は、まぎれもなく国政です。ですから、天皇陛下も皇族方も、ご自身の制度でありながら、「こう変えてほしい」と意見を述べて決定に関わることはできません。天皇が政治的な発言を避けられるのも、同じ理由です。
ここで、混同しやすいものに触れておきます。皇室会議です。皇室会議は皇室典範に定められた機関で、皇族の婚姻や皇籍離脱といった個別の事項を審議します(議員は皇族2名、衆参の正副議長、内閣総理大臣、宮内庁長官、最高裁の長官・裁判官の計10名)。2026年の改正では、旧宮家の男系男子を養子に迎えるときにも皇室会議の議を経ることとされ、扱う事柄が増えました。しかし、いずれも個別の案件についての判断であって、制度そのもの(皇室典範)を変える機関ではありません。「皇室会議があるなら皇室が決めているのでは」というのは、よくある誤解です。

「立法府の総意」とは何か
近年の報道で、繰り返し使われる言葉があります。「立法府の総意」です。
意味は、文字どおりには「国会(立法府)全体の一致した意思」。実際には、皇室に関わる制度は、与党の数の力で押し切るのではなく、できるだけ多くの政党の合意で決めるべきだ、という考え方を指して使われています。
この言葉が定着したきっかけは、上皇陛下の退位を実現した特例法(2017年)でした。長く「天皇は退位できない」とされてきた制度を変えるにあたり、衆参両院の正副議長のもとに全党派が集まって協議を重ね、その取りまとめを「立法府の総意」として政府に示し、政府がそれを法案にする――という、異例の手順が踏まれたのです。
なぜ、そこまでするのか。皇位継承の制度は、時の政権の都合や、政党間の対立で左右されてはならない、という共通認識があるからです。もし皇室制度が「政争の具」になれば、傷つくのは皇室そのものです。2026年の皇室典範改正でも、まず衆参両院の議長のもとで各党の協議が行われ、そのうえで政府が法案をまとめる、という同じ型が踏襲されました。

なぜ、簡単には決まらないのか
「決め方」が分かると、次の疑問がわきます。2026年に改正は成立しましたが、そこに至るまでには何年もかかりました。しかも決まったのは皇族数の確保に関わる部分であって、皇位継承資格そのもの――女性天皇を認めるかどうか――には踏み込んでいません。なぜ、これほど時間がかかるのでしょうか。
理由は、大きく三つあります。
- 影響が極めて大きい ―― 皇位継承のルールは、一度変えれば何十年、何百年先まで影響します。「とりあえず変えて、まずければ戻す」が通用しない領域です。
- 歴史との連続性 ―― 男系による継承が長く続いてきた歴史(1947年の皇籍離脱や過去の先例、旧宮家の現在を含む)と、どう整合させるかが常に問われます。
- 幅広い合意が必要 ―― 上で見たとおり、多数決で押し切らず「立法府の総意」を目指す以上、各党の考え方の違いを埋める時間がかかります。
遅いことは、必ずしも悪いことではありません。急がないこと自体が、この制度の重みの表れでもあるのです。今回の改正の附則に「30年ごとに見直す」という規定が置かれたのも、同じ考え方の表れだと言えます。
筆者の考え
ここからは、筆者の考えです。
筆者は、この問題でもっとも大切なのは、「誰が決めるのか」という制度の仕組みを、まず正しく理解することだと考えています。
そのうえで、思い出したいのは、上皇陛下(平成の天皇陛下)の退位を実現した特例法の経験です。当時の安倍晋三政権は、できるかぎり幅広い政党の合意形成を重視しました。皇室制度は国家の根幹に関わるものであり、政権交代のたびに制度が揺らぐことは望ましくありません。「立法府の総意」を目指したあの姿勢は、非常に重要だったと筆者は思います。
2026年の皇室典範改正でも、同じように「立法府の総意」が重視されました。筆者は、この考え方そのものには賛成です。
一方で、その「総意」を重視するあまり、与党が必要以上に野党へ配慮していたようにも感じています。民主主義では、選挙によって示された民意も尊重されるべきです。与党には国民から託された責任があり、その責任のもとで制度設計を前に進めることも、重要な役割のはずです。
「立法府の総意」を目指す姿勢は大切にしつつ、それが議論の停滞や、本来の制度目的――皇統を安定的に次の世代へつなぐこと――を見失うことにつながってはならない。筆者はそう考えています。現に今回の改正でも、皇位継承資格の根幹は先送りされました。附則に置かれた30年ごとの見直しが、次の機会になります。
そしてもう一つ。「総意」という言葉が、少し軽く使われすぎているように感じています。
日本国憲法のなかで、「総意」という言葉が使われているのは、たった一か所だけです。
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。 ――日本国憲法 第1条
国民全体の「総意」という言い方は、憲法のなかで、天皇の地位を語るこの場面にしか出てこないのです。
それだけ重い言葉なのだと、筆者は思います。今この瞬間の選挙結果でも、国会の多数決でもない。二千年以上にわたって、この国を生きた日本人が受け継いできた思いの積み重ね――そこまで含めての「総意」ではないでしょうか。もちろんこれは憲法に明記された解釈ではなく、筆者の受け止め方にすぎません。
だとすれば、「立法府の総意」という言い方には、慎重でありたいと思うのです。国会での合意形成は、もちろん大切です。けれどそれは、憲法第1条がいう「総意」とは、明らかに別の次元の話です。一時の空気やトレンドで動かしてよいものではない。言葉の重さは、そこにあるのだと思います。
まとめ
- 皇室典範は法律。改正を最終的に決めるのは国会(憲法2条・41条)。
- 政府は、有識者会議の設置・制度案の検討・法案提出・各党調整という「案をつくる」役割を担う。
- 天皇・皇室は、憲法4条により国政に関与しない。自身の制度でも、決める立場にはない。
- 皇室会議は婚姻・皇籍離脱など個別事項を審議する機関で、皇室典範を変える機関ではない。
- 「立法府の総意」は、皇室制度を政争の具とせず、超党派の合意で決めるための考え方。退位特例法(2017年)で定着し、2026年の改正でも踏襲された。
- 影響の大きさ・歴史との連続性・合意形成の必要から、簡単には決まらない。2026年の改正でも決まったのは皇族数の確保に関わる部分で、皇位継承資格の根幹には踏み込んでいない。
- なお「総意」という言葉は、日本国憲法のなかでは第1条ただ一か所にしか出てこない。
「誰が決めるのか」が分かると、ニュースの見え方が変わります。政府案、国会審議、立法府の総意――それぞれの言葉が、制度のどの段階を指しているのか。仕組みを正しく理解することが、建設的な議論への、いちばんの近道なのだと筆者は思います。
参考・出典
参考書籍
この記事のテーマを、もっと深く知りたい方へ。
※以下のリンクには広告(アフィリエイト)を含みます。当サイトは、Amazonのアソシエイトとして適格販売により収入を得ています。
竹田恒泰の特別講義 天皇と皇族
竹田恒泰/Gakken。皇族・宮中祭祀・天皇という存在の本質を総解説。



