「陛下」と「殿下」は何が違うのか ―― 知ると面白い、皇室の言葉

2026-06-30

「陛下」と「殿下」は何が違うのか

ニュースでは「愛子さま」「悠仁さま」と呼ばれます。けれど、正式な呼び方は、こうです。

敬宮愛子内親王殿下(としのみや あいこ ないしんのう でんか) 悠仁親王殿下(ひさひと しんのう でんか)

ずいぶん、印象が違います。なぜ、これほど違うのでしょうか。

実は、皇室には、皇室についてだけ使われる、特別な日本語があります。今回は、その「皇室の言葉」について、やさしく見ていきます。難しく感じるその言葉が、実は日本語そのものでもある、という話です。


「愛子さま」と「敬宮愛子内親王殿下」

まず、正式な呼び方を、分解してみましょう。

  • 敬宮(としのみや)……お称号
  • 愛子……お名前。
  • 内親王(ないしんのう)……身位(しんい)。天皇の子・孫の世代の女子を指します。
  • 殿下(でんか)……敬称

つまり「敬宮愛子内親王殿下」は、称号・お名前・身位・敬称を、すべて重ねた、一番丁寧な呼び方なのです。報道の「愛子さま」は、それを大きく省略した形、ということになります。

「愛子さま」と「敬宮愛子内親王殿下」


皇室には、専用の日本語がある

皇室には、普段の生活ではまず使わない言葉が、たくさんあります。いくつか挙げてみます。

  • 陛下(へいか)/殿下(でんか)……敬称。陛下は天皇・皇后・太皇太后・皇太后に用います(皇室典範 第23条)。上皇・上皇后も「陛下」ですが、上皇・上皇后の敬称「陛下」は退位特例法(平成29年法律第63号)で定められています。殿下は、そのほかの皇族に用います。
  • 崩御(ほうぎょ)/薨去(こうきょ)……お亡くなりになること。崩御は天皇・皇后・太皇太后・皇太后に、薨去は親王・内親王など皇族に用います。
  • 行幸(ぎょうこう)/行啓(ぎょうけい)……お出ましのこと。行幸は天皇、行啓は皇后・皇太子などのお出まし。お二方ご一緒のときは「行幸啓(ぎょうこうけい)」といいます。
  • 皇嗣(こうし)……皇位継承順位が第1位の方。今は秋篠宮皇嗣殿下。
  • 親王・内親王・王・女王……皇族の身位。

どれも、一般社会ではほとんど使われません。皇室についてだけ使われる、いわば「皇室専用の日本語」なのです。

皇室の言葉 早見表


なぜ、難しく感じるのか

これらの言葉が難しく感じるのには、いくつか理由があります。

  • 普段の暮らしで、使う場面がない
  • 学校でも、習う機会がほとんどない
  • 報道でも、「さま」などに簡略化されることが多い
  • 言葉の意味を知るには、制度や歴史の知識がいることもある。

ここで、一つ立ち止まって考えてみたいことがあります。私たちは、「難しい言葉だから知らない」のでしょうか。それとも、「使われなくなったから、難しく感じる」のでしょうか。実は、後者の面も大きいのではないか――というのが、この記事の問いです。


戦後と、皇室の言葉

皇室の言葉が目立たなくなった背景として、よく語られるのが、戦後の変化です。

戦後、日本はGHQ(連合国軍総司令部)の占領下に入りました。GHQは、天皇を「神」とみなす見方を改める方針をとります。1945年の「神道指令」で国家と神道を切り離し、翌1946年には、天皇ご自身が、いわゆる「人間宣言」で、現人神(あらひとがみ)という見方を否定されました。「神格化を避ける」という大きな流れは、確かにありました。

そして、ちょうどこの前後から、新聞などの皇室に関する敬語・表現も、簡略化されていきます

ただし、その簡略化が「GHQが命じたから」なのかは、実ははっきりしません。研究のなかには、GHQの検閲方針によるというより、新聞社や日本人の検閲官が、独自の判断で簡略にしていったとする見方もあります。実際、朝日新聞は1993年に、「国民に開かれた皇室」という考えに沿うとして、自ら敬語を簡略化すると決めました。理由は、一つではないのです。ここでは、原因をどれか一つに決めつけることは、避けておきます。


三笠宮妃百合子殿下の「薨去」

最近、この問題が、はっきりと表れた出来事がありました。

2024年(令和6年)11月、三笠宮妃百合子殿下が、101歳で亡くなられました。皇族のなかで最高齢でいらっしゃいました。

このとき、各報道機関の表現が、分かれたのです。

  • 産経新聞は、見出しに「薨去」を用いました。
  • 一方、多くの新聞やテレビは、「逝去」「ご逝去」という表現を使いました。

「薨去」は、皇族のご逝去に用いる、古くからの言葉です。「逝去」は、一般にも使われる、より平易な言葉です。どちらが正しい・まちがいという話ではありません。けれど、同じ出来事でも、社によって言葉の選び方が分かれた。このことは、「皇室の言葉を、どこまで使うべきか」という問いを、私たちに投げかけています。


皇室の言葉は、日本語そのもの

ここが、一番考えたいところです。

念のため言えば、皇室の言葉が、すべて消えかけているわけではありません。「崩御」(天皇のご逝去)のように、今も使われ続ける言葉もあります。

けれど、簡略化が進んでいる言葉も、確かにあります。「薨去」は、より平易な「逝去」に置き換えられつつある。敬称も同じです。多くの報道では、「陛下」を使うのは天皇陛下と「両陛下」だけ。皇后さま・上皇さま・上皇后さま、そして「殿下」にあたる方々は、ほとんど「さま」と表されています。法律(皇室典範 第23条)の上では、皇后も上皇も「陛下」、ほかの皇族は「殿下」なのですが、報道の表現は、それとは別に動いているのです。

そして、その「薨去」や「行幸」といった言葉は、皇室についてしか使われません。裏を返せば、皇室の報道から消えてしまえば、その言葉を目にする機会も、なくなってしまうということです。

そして、言葉というものは、使われなくなると、少しずつ失われていきます。意味の分かる人が減り、やがて辞書の中だけの言葉になっていく。

皇室の言葉は、単なる「ていねいな言い回し」ではありません。長い歴史のなかで磨かれてきた、日本語の一部です。それが静かに消えていくとすれば、それは、日本語そのものが、少しやせ細っていくことでもあるのかもしれません。

皇室の言葉が、消えていくしくみ


筆者の考え

ここからは、筆者の考えです。

一つ、感じることがあります。占領期に始まった「神格化を避け、簡略にする」という空気が、いまの報道にも、どこか受け継がれているのではないか――。もちろん断定はできません。分かりやすさや、新聞社自身の判断という理由も大きいでしょう。それでも、まったく無関係とは言い切れない。そんな気がするのです。

そのうえで、もう少し広く考えてみます。「難しいのだから、わざわざ使わなくてよい」――そういう考え方も、あると思います。伝わりやすさは、報道にとって大切なことです。

けれど、もう一つの考え方もあります。日本人として、日本語を正しく、豊かに使いたい、という思いです。皇室の言葉を知ることは、皇室を知ることでもあります。そしてそれは、日本語の奥行きを知ることにもつながります。

難しいから遠ざけるのか。難しくても、大切に残していくのか。これは、どちらが正解と決めつけられるものではありません。ただ、知らないまま失ってしまうのは、もったいない――筆者は、そう感じています。


皇室の言葉は、難しいのかもしれません。

しかし、それらは、皇室について語るときにしか使われない、日本語の一部でもあります。もし使われなくなれば、その言葉自体が、失われていくかもしれません。

皇室の言葉を知ることは、皇室を知ることだけではなく、日本語を知ることでもあるのではないでしょうか。


まとめ

  • ニュースの「愛子さま」は、正式には「敬宮愛子内親王殿下」。称号・お名前・身位(内親王)・敬称(殿下)を重ねた呼び方。
  • 皇室には、陛下/殿下、崩御/薨去、行幸/行啓、皇嗣など、皇室についてだけ使う「専用の日本語」がある。敬称は皇室典範第23条が定める。
  • 難しく感じるのは、使う場面・習う機会がなく、報道でも簡略化されるから。「使われなくなったから難しい」という面も大きい。
  • 戦後の「神格化を避ける」流れ(神道指令・人間宣言)の前後から、報道の敬語も簡略化。ただし原因は一つではなく、新聞社自身の判断(朝日は1993年に「開かれた皇室」を理由に簡略化)もある。
  • 2024年11月の三笠宮妃百合子殿下ご逝去では、産経が「薨去」、多くの社が「逝去」と、表現が分かれた。
  • 皇室の言葉は、皇室についてしか使われない「日本語の一部」。使われなくなれば、その言葉自体が失われていく。知ることは、日本語を知ることでもある。