なぜ天皇陛下を名前で呼ばないのか ―― 日本語と「敬意」の文化
2026-07-01

普段、私たちは天皇陛下のことを「天皇陛下」「今上陛下(きんじょうへいか)」とお呼びします。皇后陛下、上皇陛下、上皇后陛下も同じです。
でも、考えてみると、不思議ではないでしょうか。総理大臣なら「石破さん」「岸田さん」と名前で呼ぶのに、天皇陛下を「徳仁(なるひと)さん」とは、絶対に言いません。なぜなのでしょう。
実はここには、皇室だけにとどまらない、日本語の「敬意」の文化が隠れています。今回は、その話をしてみます。
天皇陛下にも「お名前」はある
まず、事実から。天皇陛下にも、もちろんお名前はあります。
天皇・皇族の本名にあたるものを、諱(いみな)といいます。
- 今上陛下の諱は、徳仁(なるひと)。
- 上皇陛下の諱は、明仁(あきひと)。
けれど、この諱は、普段は口にしません。それどころか、ご誕生のときには、諱とは別に、御称号(ごしょうごう)という「もう一つのお名前」が贈られます。今上陛下は「浩宮(ひろのみや)」、上皇陛下は「継宮(つぐのみや)」。幼いころから、この御称号で呼び、諱はなるべく避けるのです。
そして大人になられてからは、お立場を表す「陛下」「今上陛下」でお呼びする。「徳仁天皇」という言い方は、普通はしないのです。

名前のような呼び名は、崩御の後につく
「でも、昭和天皇や明治天皇は、名前で呼んでいるのでは?」と思われるかもしれません。
実は、これも諱ではありません。昭和天皇「昭和」も、明治天皇「明治」も、崩御の後に贈られた呼び名――追号(ついごう)です。明治以降は、その時代の元号が、そのまま追号になります。
生前のお名前(諱)でいえば、昭和天皇は裕仁(ひろひと)、大正天皇は嘉仁(よしひと)、明治天皇は睦仁(むつひと)。けれど、「裕仁天皇」と呼ぶことは、まずありません。
つまり、私たちが「天皇のお名前」と思っているものは、生前の本名(諱)ではなく、亡くなったあとの呼び名(追号)なのです。

皇后陛下も、宮家も、同じ
名前で呼ばないのは、天皇陛下だけではありません。
- 皇后陛下を「雅子陛下」とはお呼びしません。
- 上皇陛下を「明仁上皇」とも、普通は言いません。
- 宮家の当主も、「秋篠宮皇嗣殿下」「常陸宮殿下」と、宮号とお立場でお呼びするのが一般的です。「文仁親王殿下」「正仁親王殿下」と諱を含めて呼ぶのは、公式の場などに限られます。
いずれも、お名前そのものではなく、お立場(地位)でお呼びする。これが共通しています。
これは、皇室だけの話ではない
ここからが面白いところです。実は私たちは、普段の暮らしでも、同じことをしています。
会社では、上司を「田中さん」ではなく「社長」「部長」「課長」と、役職で呼びます。学校では「先生」、スポーツでは「監督」。名前ではなく、立場で呼ぶのです。
昔なら、もっとはっきりしていました。主君は「殿(との)」「上様(うえさま)」「御前(ごぜん)」。やはり、名前は避けられていました。
高い地位の人を、名前で呼ばない。この感覚は、皇室に限らず、日本語のあちこちに残っているのです。
「諱」を避ける、東アジアの文化
では、なぜ名前を避けるのでしょうか。
古くから、身分の高い人の本名(諱)を、直接口にするのは、はばかられるという習慣がありました。これを、実名敬避(じつめいけいひぞく)といいます。
これは、日本だけのものではありません。お隣の中国には、「避諱(ひき)」という、もっと厳しい習慣がありました。皇帝の諱は、口にするのはもちろん、文書に書くことも避けられ、同じ字を使う臣下や地名・官職まで、改名させられることがあったほどです。本名を口にすることは、それほど重いことだったのです。
この「諱を避ける」文化が、日本にも入ってきました。日本では、貴人を呼ぶとき、本名の代わりに、官位や住まいの名を使いました。武家の世でも同じで、家臣は主君を諱で呼ばず、「お館(やかた)さま」などと呼んでいます。

ちなみに、この習慣が「日本古来のもの」なのか、「中国から伝わったもの」なのかは、実は意見が分かれます。江戸時代の学者・本居宣長は、「諱を避けるのは中国から来た考え方だ」としています。ここは、はっきりとは断定できないところです。
筆者の考え
ここからは、筆者の考えです。
ここまでをまとめると、こうなります。
- 天皇陛下を名前で呼ばない。これは、事実です。
- その背景に、諱(実名)を避ける、東アジア共通の文化がある。これも、ほぼ事実といえます。
そのうえで、もう一歩踏み込んだ「読み解き」があります。評論家の竹田恒泰氏などは、日本語には「敬って、遠ざける」という文化があり、天皇陛下を名前で呼ばないのも、その表れだと説明しています。敬意を示すために、あえて距離をとり、名前を呼ばない――という考え方です。
ちなみに、さきほど出てきた「お館さま」という呼び方。人気漫画『鬼滅の刃』でも、鬼殺隊の当主・産屋敷家の当主が「お館様」と呼ばれていて、おなじみですね。あれもまさに、名前ではなく立場で呼ぶ、日本語の「敬意のかたち」の一例です。フィクションのなかにも、こうした感覚は、自然と息づいているのです。
筆者は、この見方を、とても面白いと思います。皇室の呼び方も、会社で役職を使うことも、一本の線でつながって見えてくる。ただし、念のため申し添えれば、これは日本文化を説明する「考え方の一つ」であって、言語学や歴史学で証明された定説、というわけではありません。そこは、分けておきたいと思います。
それでも――皇室の言葉づかいが、単なる古いルールではなく、日本語が大切にしてきた「敬意のかたち」を、今に伝えているのだとすれば。私たちが何気なく使う「社長」「先生」という呼び方の先に、天皇陛下への「陛下」がつながっている。そう考えると、日本語の奥行きが、少し違って見えてくるのではないでしょうか。
まとめ
- 天皇陛下にも本名(諱)はある(今上陛下=徳仁、上皇陛下=明仁)。だが生前は御称号(浩宮など)を使い、諱は避ける。普段は「陛下」「今上陛下」と、お立場で呼ぶ。
- 「昭和天皇」「明治天皇」は生前の名ではなく、崩御後の追号(明治以降は元号がそのまま追号)。
- 皇后陛下も上皇陛下も宮家も、名前ではなくお立場で呼ぶ。
- 名前を避けるのは皇室だけでない。社長・部長・先生・監督、昔の「殿」「上様」も同じ。高い地位の人を名前で呼ばない感覚が日本語にある。
- 背景には「諱(実名)を避ける」東アジア共通の文化(中国の避諱、日本の実名敬避)。ただし日本古来か中国由来かは諸説。
- 竹田恒泰氏らは「敬って遠ざける文化」の表れと説明する。有力で面白い見方だが、これは文化を説明する考え方の一つで、学界の定説ではない。



