天皇の「呼び名」は、いつ決まるのか ―― 崩御の後に決まる「追号」のはなし
2026-07-04

私たちは、普段「昭和天皇」「明治天皇」「大正天皇」と呼びます。
けれど、今の天皇陛下のことは、「徳仁天皇」とは呼びません。「天皇陛下」「陛下」「今上陛下(きんじょうへいか)」とお呼びします。
しかも、昭和天皇のお名前(本名)は、裕仁(ひろひと)。それでも、「裕仁天皇」とはあまり言いません。
天皇のお名前とは、いったい何なのでしょうか。今回は、「昭和天皇」と「今上陛下」という二つの呼び方を入り口に、天皇の呼び方を、やさしく整理してみます。
「今上陛下」とは何か
「今上(きんじょう)」とは、「今、位にあられる天皇」という意味です。特定のお一人を指す、固有のお名前ではありません。
ですから、「今上陛下」がどなたを指すかは、時代によって変わります。
- 明治時代の「今上陛下」=明治天皇
- 昭和時代の「今上陛下」=昭和天皇
- 今の「今上陛下」=当代の天皇陛下

つまり「今上陛下」は、名前ではなく、「今の天皇」を表す言い方なのです。
今の天皇陛下の呼び方
今、一般に使われる呼び方は、次のとおりです。
- 陛下
- 天皇陛下
- 今上陛下
いずれも、お名前ではなく、「お立場」でお呼びしています。「徳仁天皇」という言い方は、普通はしません。
「昭和天皇」は、なぜ「裕仁天皇」ではないのか
昭和天皇のお名前(諱・いみな)は、裕仁です。
では、なぜ「裕仁天皇」ではなく、「昭和天皇」なのでしょうか。
実は「昭和」は、崩御(ほうぎょ)のあとに贈られた呼び名――追号(ついごう)だからです。
明治天皇(お名前は睦仁〔むつひと〕)も、大正天皇(嘉仁〔よしひと〕)も同じです。「明治」「大正」「昭和」は、いずれも崩御の後に贈られた追号です。

つまり、私たちが普段使っている「○○天皇」という呼び名の多くは、生前のお名前ではなく、崩御のあとに贈られた呼び名なのです。
天皇は、生前に追号で呼ばれない
これは、明治以前から続く考え方です。
たとえば、江戸時代の、
- 光格天皇
- 仁孝天皇
- 孝明天皇
といった天皇方も、「光格」「仁孝」「孝明」という呼び名は、いずれも崩御の後に定められたものです。ご在位中に、その名でお呼びすることはありませんでした。
追号は、いわば「その方の御一代をふり返って贈られる、おくり名」。だからこそ、生きておられるあいだに、その名で呼ぶことはないのです。
昔は、呼び名が決まるのは「崩御の後」だった
明治より前は、追号は、崩御のあとに、あらためて定められていました。
ということは――ご在位中には、まだ「○○天皇」という呼び名そのものが、決まっていなかった、ということです。
だから、たとえ生前にその名で呼びたくても、そもそも呼びようがなかったのです。
一世一元 ―― 明治以降の変化
明治になって、大きな変化がありました。「一世一元(いっせいいちげん)」です。
これは、「一人の天皇に、一つの元号」と定める仕組み。明治・大正・昭和・令和と、ご在位のあいだは、その元号がずっと使われます。
そして明治以降は、その元号が、そのまま追号になるようになりました。だから「明治天皇」「大正天皇」「昭和天皇」と、元号と追号が一致しているのです。

ここで、面白いことがあります。一世一元のおかげで、将来の追号は、今の元号から、事実上、見当がついてしまう。それでも、ご在位中の天皇を、その追号でお呼びすることはありません。現在の天皇陛下についても、元号による追号でお呼びすることはないのです。
同じことは、上皇陛下にもあてはまります。上皇陛下は、平成の時代の天皇でいらっしゃいました。けれど、ご存命の今、「平成天皇」とお呼びすることはありません。追号は、あくまで崩御の後に贈られるもの。だから今は、お立場にもとづいて「上皇陛下」とお呼びするのです。
名前ではなく、立場で呼ぶ日本語の文化
名前ではなく、お立場でお呼びする。これは、皇室だけのことではありません。
私たちも、会社では上司を「社長」「部長」と役職で呼び、学校では「先生」と呼びます。名前ではなく、立場で呼ぶ。
天皇を「陛下」「今上陛下」とお呼びするのも、その延長線上にあります。高い立場の方を、あえて名前で呼ばないことで、敬意を表す――そうした日本語の習わしが、ここにも息づいているのです。
筆者の考え
ここからは、筆者の考えです。
一つ、面白いことに気づきます。私たちは、よく「昭和生まれ」「平成生まれ」と、自分のことを語ります。けれど「昭和」も「平成」も、もとをたどれば、天皇のお名前(追号)です。
つまり私たちは、知らないうちに、天皇のお名前を借りて、自分の生きた時代を語っているのです。
そして、今の天皇陛下のお名前は、まだ決まっていません。追号は、御代(みよ)が終わったあとに贈られるもの。だとすれば――今私たちが生きている「令和」という時代の名も、いつか、陛下のお名前として残っていくのでしょう。
天皇を、名前で呼ばない。その小さな不思議の奥には、天皇と、時代と、私たちの暮らしとが、静かに結びついている。そんな日本の姿が、見えてくる気がします。
まとめ
「昭和天皇」という呼び名は、生前のお名前ではありません。そして現在の天皇陛下も、名前ではなく、そのお立場によってお呼びされています。
- 「今上陛下」は、特定の名前ではなく「今の天皇」を表す言葉。時代ごとに指す方が変わる。
- 今の天皇陛下は、お名前ではなく「陛下/天皇陛下/今上陛下」とお立場でお呼びする。「徳仁天皇」とは言わない。
- 「昭和天皇」「明治天皇」は、生前のお名前ではなく、崩御後に贈られた追号(お名前は裕仁・睦仁など)。
- 天皇を生前に追号で呼ばないのは、明治以前からの伝統。昔は呼び名が崩御後に定まったため、そもそも生前には呼びようがなかった。
- 明治以降は一世一元で、元号がそのまま追号に。将来の追号は見当がつくが、それでも在位中・ご存命のうちは追号で呼ばない(今の陛下を「令和天皇」、上皇陛下を「平成天皇」とは呼ばない)。
- 名前ではなく立場で呼ぶのは、日本語が大切にしてきた敬意の表し方ともつながっている。
普段何気なく使っている「昭和天皇」「今上陛下」という言葉にも、長い歴史と、日本語の敬意のかたちが、そっと隠れています。
皇室の言葉を、少していねいに知ること。それは、日本語そのものを知ることにも、つながっているのだと思います。



