2026-06-30

天皇の「呼び名」は、いつ決まるのか ―― 崩御の後に決まる「追号」のはなし
私たちは、普段「昭和天皇」「明治天皇」「大正天皇」と呼びます。けれど、今の天皇陛下のことは、「徳仁天皇」とは呼びません。「天皇陛下」「陛下」「今上陛下(きんじょうへいか)」とお呼びします。しかも、昭和天皇のお名前(本名)は、裕仁(ひろひと)。それでも、「裕仁天皇」とはあまり言いません。天皇のお名前とは、いったい何なのでしょうか。
「今上陛下」とは、名前ではなく「今の天皇」のこと
「今上(きんじょう)」とは、「今、位にあられる天皇」という意味です。特定のお一人を指す、固有のお名前ではありません。ですから、「今上陛下」がどなたを指すかは、時代によって変わります。明治時代の「今上陛下」は明治天皇、昭和時代の「今上陛下」は昭和天皇で、今の「今上陛下」は当代の天皇陛下です。つまり「今上陛下」は、名前ではなく、「今の天皇」を表す言い方なのです。

今の天皇陛下について、一般に使われる呼び方は、「陛下」「天皇陛下」「今上陛下」の三つです。いずれも、お名前ではなく、「お立場」でお呼びしています。「徳仁天皇」という言い方は、普通はしません。
「昭和天皇」は、なぜ「裕仁天皇」ではないのか
昭和天皇のお名前(諱・いみな)は、裕仁です。では、なぜ「裕仁天皇」ではなく、「昭和天皇」なのでしょうか。実は「昭和」は、崩御(ほうぎょ)のあとに贈られた呼び名、つまり追号(ついごう)だからです。明治天皇(お名前は睦仁〔むつひと〕)も、大正天皇(嘉仁〔よしひと〕)も同じです。「明治」「大正」「昭和」は、いずれも崩御の後に贈られた追号です。つまり、私たちが普段使っている「○○天皇」という呼び名の多くは、生前のお名前ではなく、崩御のあとに贈られた呼び名なのです。

追号は崩御のあとに決まるので、生前には呼びようがない
これは、明治以前から続く考え方です。たとえば、江戸時代の光格天皇、仁孝天皇、孝明天皇といった天皇方も、「光格」「仁孝」「孝明」という呼び名は、いずれも崩御の後に定められたものです。ご在位中に、その名でお呼びすることはありませんでした。追号は、いわば「その方の御一代をふり返って贈られる、おくり名」。だからこそ、生きておられるあいだに、その名で呼ぶことはないのです。
明治より前は、追号は、崩御のあとに、あらためて定められていました。ということは、ご在位中には、まだ「○○天皇」という呼び名そのものが、決まっていなかったということです。だから、たとえ生前にその名で呼びたくても、そもそも呼びようがなかったのです。
一世一元 ―― 明治以降は元号がそのまま追号になった
明治になって、大きな変化がありました。「一世一元(いっせいいちげん)」です。これは、「一人の天皇に、一つの元号」と定める仕組みで、明治・大正・昭和・令和と、ご在位のあいだは、その元号がずっと使われます。そして明治以降は、その元号が、そのまま追号になるようになりました。だから「明治天皇」「大正天皇」「昭和天皇」と、元号と追号が一致しているのです。

面白いことに、一世一元のおかげで、将来の追号は、今の元号から、事実上、見当がついてしまいます。それでも、ご在位中の天皇を、その追号でお呼びすることはありません。現在の天皇陛下についても、元号による追号でお呼びすることはないのです。同じことは、上皇陛下にもあてはまります。上皇陛下は、平成の時代の天皇でいらっしゃいました。けれど、ご存命の今、「平成天皇」とお呼びすることはありません。追号は、あくまで崩御の後に贈られるもの。だから今は、お立場にもとづいて「上皇陛下」とお呼びするのです。
名前ではなく、立場で呼ぶ日本語の文化
名前ではなく、お立場でお呼びする。これは、皇室だけのことではありません。私たちも、会社では上司を「社長」「部長」と役職で呼び、学校では「先生」と呼びます。名前ではなく、立場で呼ぶのです。天皇を「陛下」「今上陛下」とお呼びするのも、その延長線上にあります。高い立場の方を、あえて名前で呼ばないことで、敬意を表す、そうした日本語の習わしが、ここにも息づいているのです。
天皇のお名前を借りて、時代を語っている
筆者は、一つ面白いことに気づきます。私たちは、よく「昭和生まれ」「平成生まれ」と、自分のことを語ります。けれど「昭和」も「平成」も、もとをたどれば、天皇のお名前(追号)です。つまり私たちは、知らないうちに、天皇のお名前を借りて、自分の生きた時代を語っているのです。
そして、今の天皇陛下のお名前は、まだ決まっていません。追号は、御代(みよ)が終わったあとに贈られるもの。だとすれば、今私たちが生きている「令和」という時代の名も、いつか、陛下のお名前として残っていくのでしょう。天皇を、名前で呼ばない。その小さな不思議の奥には、天皇と、時代と、私たちの暮らしとが、静かに結びついている。そんな日本の姿が、見えてくる気がします。
参考・出典
普段何気なく使っている「昭和天皇」「今上陛下」という言葉にも、長い歴史と、日本語の敬意のかたちが、そっと隠れています。
皇室の言葉を、少していねいに知ること。それは、日本語そのものを知ることにも、つながっているのだと思います。



