2026-07-02

なぜ天皇には姓がないのか ―― 皇室に「苗字」がない理由
天皇陛下の苗字(みょうじ)は、何でしょうか。テレビでも新聞でも、「天皇陛下」「今上陛下」「秋篠宮皇嗣殿下」とは呼ばれます。けれど、姓(苗字)で呼ばれることは、ありません。実は、天皇陛下にも、皇族にも、苗字は存在しません。私たち日本人には、必ず姓があります。それなのに、なぜ皇室には苗字がないのでしょうか。これは政治の話ではなく、日本の歴史と制度、そして日本語の文化の問題です。
天皇陛下にも皇族にも、苗字はない
現在の天皇陛下には、「○○氏」「○○家」といった姓は、ありません。皇后陛下にも、ありません。「秋篠宮」「常陸宮」といった呼び名を、苗字のように感じるかもしれませんが、これは宮号(みやごう)であって、一般の苗字とは別のものです。つまり、皇室の方々は、私たちのような「姓+名」という形のお名前を、お持ちではないのです。天皇だけではありません。親王・内親王・王・女王といった皇族も、姓を持ちません。「秋篠宮文仁氏」ではなく秋篠宮文仁親王、「愛子氏」ではなく敬宮愛子内親王とお呼びします。皇族でいらっしゃる限り、姓は存在しないのです。

姓は一族のしるし、天皇は氏族の外側にいた
古代の姓(氏・うじ)は、「自分が、どの一族(氏族)に属するか」を示すものでした。藤原氏、源氏、平氏、橘氏などが、その代表です。姓とは、いわば「どの家・どの一族の人間か」という、所属のしるしだったのです。
天皇は、特定の一族に属する存在では、ありません。それどころか、氏や姓を、家臣に与える側でした。古代、天皇は、功績のあった人々に「氏」や「姓(かばね)」を授け、その家格を定めてきました。つまり天皇は、姓を「もらう」立場ではなく、「与える」立場だったのです。だとすれば、天皇ご自身に、姓は必要ありません。天皇は「○○家の一員」なのではなく、皇室そのものを体現する存在だからです。
源氏や平氏は、臣籍降下で姓を賜った
「臣籍降下(しんせきこうか)」という仕組みがあります。皇族が、皇室を離れて臣下(民間)になるとき、天皇から姓を賜ることがありました。その代表が、「源(みなもと)」や「平(たいら)」です。源氏も平氏も、もとをたどれば、天皇の子孫です。源氏は、9世紀のはじめ、嵯峨天皇がご自身の皇子・皇女に「源」の姓を授けたのが始まりと伝えられます。平氏も、桓武天皇の子孫が「平」の姓を賜ったことに始まります。いずれも、皇族が臣下に下るときに、天皇から姓を授かったものでした。
そこから見えてくるのは、「姓を持つ」ということは、裏を返せば、「皇族ではなくなる」ということでもあった、という事実です。逆に言えば、皇族である限り、姓は要らない。姓がないことは、皇室の一員であることの、しるしでもあったのです。

戸籍ではなく、「皇統譜」に登録される
私たち一般の国民は、生まれると「戸籍(こせき)」に登録されます。姓も、そこに記されます。ところが、天皇・皇族は、戸籍を持ちません。かわりに、「皇統譜(こうとうふ)」という、皇室専用の記録に登録されます。皇統譜は、皇室典範(第26条)にもとづく制度です。天皇・皇后を記す「大統譜(たいとうふ)」と、その他の皇族を記す「皇族譜(こうぞくふ)」からなり、皇室の系譜を記録します。一般の戸籍とは、別の世界にあるのです。だから、「戸籍上の姓は何か」と問うても、そもそも戸籍がない、というのが答えになります。

「苗字を持たない」と「名前で呼ばない」はつながっている
天皇陛下には、苗字がないだけではありません。お名前(諱・いみな)でも、お呼びしません。私たちは、「陛下」「天皇陛下」「今上陛下」と、お立場によってお呼びします。日本語には、高い立場の方を、名前ではなく、役割や地位で呼ぶ習わしがあります。「苗字を持たない」「名前で呼ばない」、どちらも、その文化の表れと言えるのかもしれません。
皇室を、近代社会の物差しだけで測ってよいのか
姓があるかないか。戸籍があるかないか。その一つ一つが教えてくれるのは、私たち一般の国民と、皇室とでは、成り立ちも、制度の根っこも、まるで違う、ということです。だとすれば、と筆者は思います。皇室のことを考えるとき、私たちが日ごろなじんでいる物差し、つまり民主主義や、人権や、男女平等といった、近代社会の大切な価値観を、そのまま当てはめてよいのかどうかは、少し立ち止まって考えたい。
それらの価値観は、私たちの社会にとって、かけがえのないものです。ただ、皇室は、それとは別の原理の上に、長い時間をかけて続いてきた存在でもあります。成り立ちの違うものを、一つの物差しだけで測ろうとすると、大切なものを見落としてしまうかもしれません。だからこそ、急いで結論を出すより、まず「どういう成り立ちのものなのか」を知ることから始めたい。筆者は、そう考えています。



