2026-09-04

なぜ宮中祭祀は非公開なのか ―― 皇室の祈りが静かに続けられる理由
宮内庁のウェブサイトには、「主要祭儀一覧」というページがあります。
そこには、一年の祭儀が名前と日付つきで、24件並んでいます。四方拝、歳旦祭、元始祭、奏事始、祈年祭、春季皇霊祭、節折、大祓、神嘗祭、新嘗祭……。節折と大祓は6月と12月の二回あるので、祭儀の名前としては22種類です。宮内庁は別のページで「年間約20件近くの祭儀が行われています」とも記しています。隠されてなどいません。
それなのに――その様子を見たことのある国民は、ほとんどいません。
写真も、映像も、公開されないからです。
先に、この記事の結論をお伝えします。宮中祭祀が非公開なのは、秘密にしているからではありません。 制度上「見せる対象」ではなく、しかも祭祀を担っているのが、宮内庁の一般の職員ではなく、天皇の私的な職員(内廷職員)だからです。
なお、宮中祭祀そのものの中身――何を、何のために祈られるのか――は、なぜ天皇は祈るのかで扱いました。この記事は、その祈りが、どういう仕組みで表に出ずに続いているのかを掘り下げます。
何が公開され、何が非公開なのか
まず、線引きを整理しておきます。

公開されているもの
- 祭儀の名前と日付(宮内庁「主要祭儀一覧」に24件)
- どういう趣旨の祭儀かという簡単な説明
- 天皇陛下がお出ましになるかどうかの区分
公開されていないもの
- 祭儀の様子(写真・映像)
- 内部で行われる具体的な作法や次第
- 奏上される御告文(おつげぶみ)の内容
つまり、「いつ・何があるか」は分かるが、「どう行われるか」は分からない。 情報が伏せられているというより、取材や撮影の対象になっていない、というのが実態に近い言い方です。
誰が担っているのか ―― 掌典職
ここが、この記事で一番お伝えしたいところです。
宮中祭祀を実際に担っているのは、掌典職(しょうてんしょく)と呼ばれる人々です。1989年の国会で、『宮内庁要覧』の記述がそのまま読み上げられています。
「国家行政機関たる宮内庁の組織とは別の組織」である掌典職が「皇室の祭祀のことをつかさどっている。掌典長の統括の下に掌典次長、掌典及び内掌典が置かれている。」 ――衆議院 決算委員会(1989年11月2日)で引用された『宮内庁要覧』(昭和63年度)

構成は、掌典長・掌典次長・掌典、そして女性の内掌典(ないしょうてん)。
そして、ここが重要です。
掌典職の職員は、宮内庁の職員(国家公務員)ではありません。 引用にあるとおり、「宮内庁の組織とは別の組織」なのです。
現在の掌典職は内廷職員――つまり天皇の私的な職員という位置づけです。1984年、宮内庁次長はこう答弁しています。
掌典職の職員といたしまして、内廷職員として雇用いたしております者は十二名でございます。 ――参議院 内閣委員会(1984年4月17日)政府委員・山本悟 宮内庁次長
人件費も、国費ではなく内廷費(皇室のお金の仕組みでいう天皇ご一家の私的な費用)から出ています。1990年の宮内庁次長答弁は、内廷費の人件費について「宮中祭祀を預っておる掌典職員だとか……内廷で給与を払い内廷職員としての身分を持っておる者」と説明しました。
国の行事ではないから、国の職員も置かれていない。 この点を理解すると、宮中祭祀が非公開である理由の多くが見えてきます。
なお、祭儀は誰が執り行うかによって区分されています(この区分は「主要祭儀一覧」には載っておらず、廃止された皇室祭祀令に由来する呼び方です)。
- 大祭 ―― 天皇陛下ご自身が祭典を行われ、御告文を奏上される。
- 小祭 ―― 掌典長が祭典を行い、天皇陛下がご拝礼になる。
- 旬祭(しゅんさい) ―― 毎月1日・11日・21日に掌典長が祭典を行い、原則として1日には天皇陛下のご拝礼がある。
毎月三回。 報道されることのない祈りが、それだけの頻度で続けられています。
なぜ、非公開なのか
理由は、大きく三つに整理できます。

① 国の行事ではないから
宮中祭祀は、憲法が定める国事行為には含まれません。 そして前節で見たとおり、担っているのは国の職員ではなく、天皇の私的な職員です。
つまり、国の行事として行われているのではない。 だとすれば、国民に公開する義務も生じません。私たちが、他人の家の仏壇の前の様子を見る権利がないのと、法的な性格としては同じです。
ただし、「では私的行為なのか」と問われると、そこは一律に決まっていません。 なぜ天皇は祈るのかで見たとおり、内閣法制局の分類では「その他の行為」の中が「純粋に私的なもの」と「公的性格あるいは公的色彩があるもの」に分かれ、宮中祭祀がどちらかは示されていません。大嘗祭については、政府自身が「公的性格を有する皇室行事」と述べています。
国の行事ではない。けれど「まったくの私事」と言い切れるわけでもない。 その中間に置かれたまま、非公開が続いてきました。
② 政教分離があるから
日本国憲法は、国が特定の宗教とかかわることを禁じています。もし宮中祭祀を国の行事として公開すれば、国が神道の祭祀を公に行っていることになりかねません。
公開しないことは、憲法の要請に沿った運用でもあるのです。
③ そもそも「見せる」ための儀式ではないから
三つ目は、制度ではなく、祭祀そのものの性格です。
宮中祭祀に臨むにあたっては、潔斎(けっさい)――身を清め、慎むことが求められます。見られることを前提としないという点で、三種の神器を見せないことと、根は同じです。
元日の早朝、まだ暗いうちに行われる四方拝に、カメラはありません。 それは隠しているのではなく、そこにカメラが入るという発想自体がない、ということなのだと思います。
根拠となる法律は、今はない
そして、もう一つ驚くことがあります。
宮中祭祀を直接定めた法令は、現在ありません。
かつては、皇室祭祀令(明治41年)という規定があり、祭儀の種類も日程も、そこに細かく定められていました。
ところが――

- 昭和22年(1947年)5月2日 ―― 日本国憲法の施行を目前に、皇室祭祀令は廃止されます。
- 同じ日、宮内府長官官房文書課長の名前で依命通牒(いめいつうちょう)が出されました。1991年の国会で、その中身がこう紹介されています。
三項目では、従前の規定が廃止となり新しい規定ができていないものは、従前の例に準じてやれ、こうなっているんです。 ――参議院 内閣委員会(1991年4月25日)吉岡吉典 議員
- 新しい規定は、その後もつくられていません。
つまり、今の宮中祭祀は、「従前の例に準じる」という依命通牒を実務上の拠り所として、廃止された明治の規定を踏襲する形で続いている、ということになります。
法律で守られているのではない。それでも、80年近く、一度も途切れていません。
別の見方
この状態については、立場によって評価が分かれます。
- 「私的行為として続けるのが妥当」という立場 ―― 政教分離を守るには、国が関与しない現在の形が最も無理がない、という考え方です。
- 「法的な位置づけを与えるべきだ」という主張 ―― これほど重要な務めが通牒だけを根拠に続いているのは不安定であり、きちんと制度に位置づけるべきだ、という意見です。
- 「負担が重すぎる」という指摘 ―― 高齢の天皇にとって、深夜や早朝に及ぶ祭祀の負担は大きく、簡素化を検討すべきだという声もあります。実際、平成の御代には一部の祭祀でご負担軽減の措置がとられました。
- 「もっと知らせるべきだ」という声 ―― 非公開のままでは国民が皇室の実像を知る機会が乏しい、という指摘もあります。
いずれも筋の通った議論であり、どれか一つが正しいというものではありません。
筆者の考え
ここからは、筆者の考えです。
「非公開」と聞くと、私たちはつい「何か隠しているのでは」と身構えます。けれど宮中祭祀については、むしろ逆だと思っています。
日付は公表されている。名前も趣旨も分かる。隠す気があるなら、そこから隠すはずです。
公開されていないのは、見せる必要がないと考えられてきたからにすぎません。そして見せないまま続けるほうが、実ははるかに難しい。誰も見ていないことは、やめても誰にも分からないということでもあるからです。
法律の裏づけもありません。廃止された明治の規定を「従前の例」として踏襲する、それだけです。やめようと思えば、いつでもやめられた。 誰も咎めなかったでしょう。
それでも、毎月1日・11日・21日に祭典は行われ、元日の暗いうちに四方拝は続けられてきました。
この連載でくり返し見てきたことが、ここでも当てはまります。祈りは制度に命じられていない。遷宮の理由は文書にない。神器の中身は法律に書かれていない。都を移す詔も出されていない。 そして宮中祭祀にも、根拠となる法律はない。
書かれていないのに続いている――皇室を理解するうえで、この形はもう偶然とは思えません。書かれていないからこそ、続けるという意思だけが、それを支えてきたのだと思います。
皇室とは、「制度」だけで続いてきた存在ではない。続けようとする意思が、制度を超えて受け継がれてきた存在なのだと思います。
まとめ
- 宮内庁は「主要祭儀一覧」で祭儀を24件公表しており(節折・大祓が年二回あるため、名前としては22種類)、名前と日付は公開されている。非公開なのは様子(写真・映像)・具体的な作法・御告文の内容。
- 実際に祭祀を担うのは掌典職。『宮内庁要覧』は「国家行政機関たる宮内庁の組織とは別の組織」と記す。掌典長の統括のもと、掌典次長・掌典・女性の内掌典が置かれる。
- 掌典職の職員は宮内庁の職員(国家公務員)ではなく、内廷職員(天皇の私的な職員)。1984年の宮内庁次長答弁では12名。人件費は国費ではなく内廷費から出ている。
- 祭儀は、大祭(天皇陛下ご自身が祭典を行い御告文を奏上)、小祭(掌典長が祭典を行い天皇陛下がご拝礼)、旬祭(毎月1日・11日・21日)に区分される。
- 非公開の理由は、①国の行事ではないこと(担い手も国の職員ではない)、②政教分離、③潔斎を伴い、見せるための儀式ではないこと、の三つ。なお「純粋に私的な行為」と言い切れるかは定まっておらず、大嘗祭について政府は「公的性格を有する皇室行事」としている。
- 根拠だった皇室祭祀令は昭和22年(1947年)5月2日限りで廃止(皇室令及附属法令廃止ノ件)され、新しい規定はつくられていない。同日付の宮内府長官官房文書課長の依命通牒が示した「従前の例に準じて」という方針のもとで、現在まで続いている。
次回
宮中祭祀は、静かに続けられてきました。けれど一世に一度だけ、国の儀式と皇室の祭祀が、同じ年に並んで行われるときがあります。天皇の代替わりです。
次回・第8回は、「なぜ即位の儀式は半年もかけて行われるのか ―― 即位礼と大嘗祭が同じ日に行われない理由」。令和は約6か月半、平成は約1年10か月。なぜ一日で済ませないのかをたどります。
参考・出典
- 主要祭儀一覧|宮内庁 ―― 祭儀の名前・日付・趣旨。24件が掲載されている(節折・大祓は年二回のため、名前としては22種類)
- 宮中祭祀|宮内庁 ―― 「年間約20件近くの祭儀が行われています」
- 第116回国会 衆議院決算委員会 第2号(1989年11月2日)東中光雄 議員|国会会議録検索システム ―― 『宮内庁要覧』(昭和63年度)「国家行政機関たる宮内庁の組織とは別の組織」「皇室の祭祀のことをつかさどっている」
- 第101回国会 参議院内閣委員会 第6号(1984年4月17日)山本悟 宮内庁次長答弁|国会会議録検索システム ―― 「掌典職の職員といたしまして、内廷職員として雇用いたしております者は十二名でございます」
- 第118回国会 衆議院内閣委員会 第3号(1990年4月17日)宮尾盤 宮内庁次長答弁|国会会議録検索システム ―― 内廷費の人件費に「宮中祭祀を預っておる掌典職員」が含まれる
- 第120回国会 参議院内閣委員会 第8号(1991年4月25日)吉岡吉典 議員|国会会議録検索システム ―― 宮内府長官官房文書課長の依命通牒「従前の規定が廃止となり新しい規定ができていないものは、従前の例に準じて」
- 第87回国会 衆議院内閣委員会 第7号(1979年4月17日)中川秀直 議員|国会会議録検索システム ―― 皇室令及附属法令廃止ノ件により昭和22年5月2日限りで廃止
※ 大祭・小祭・旬祭という区分と旬祭の期日、および戦前の掌典職の定員は、廃止された皇室祭祀令に由来するもので、宮内庁の現行の公開資料では確認できていません。



