2026-10-25

皇室に選挙権はあるのか ―― 一票を持たない人たち
選挙が近づくと、投票所入場券がポストに届きます。18歳になれば誰にでも一票が与えられる――そう思っている方は、多いのではないでしょうか。では、天皇陛下は投票所へ行かれるのでしょうか。答えは、投票されません。ただし、法律のどこにも「天皇は選挙権を有しない」とは書かれていません。前回、マイナンバーがない理由を見ました。今回も、行き着く先は同じ一点、住民票です。
三つの投票と、それぞれの根拠法
「選挙権」といっても、私たちが投票する機会はいくつもあります。まず、公職選挙法が適用される選挙です。どの選挙に適用されるのかは、条文が明示しています。
この法律は、衆議院議員、参議院議員並びに地方公共団体の議会の議員及び長の選挙について、適用する。 ――公職選挙法 第2条
衆議院・参議院と、都道府県知事・市町村長・地方議会議員。私たちが「選挙」と呼ぶものの大半が、この法律の対象です。一方、公職選挙法の対象ではないけれど、私たちが投票するものが二つあります。一つは最高裁判所裁判官の国民審査で、衆議院議員総選挙と同じ日に行われる、あの「×」を書く投票です。根拠法は別で、最高裁判所裁判官国民審査法にもとづきます。もう一つは憲法改正の国民投票で、これも別の法律(日本国憲法の改正手続に関する法律)が根拠です。三つの投票のどれにも、天皇陛下や皇族方は実際には参加されていません。ただし、その理由は三つとも異なります。
一般国民は、住民票から名簿へとつながる
一般国民が投票できるようになるまでの道筋は、条文にそのまま書かれています。選挙権があるだけでは足りず、名簿への登録が要ります。まず選挙権そのものについて、公職選挙法はこう定めています。
日本国民で年齢満十八年以上の者は、衆議院議員及び参議院議員の選挙権を有する。 ――公職選挙法 第9条第1項
条件は日本国民で、18歳以上。とてもシンプルです。けれど、選挙権があることと、実際に投票できることは、別の話です。投票するには選挙人名簿に載っていなければなりません。そして、その登録の条件がこう定められています。
選挙人名簿の登録は、当該市町村の区域内に住所を有する年齢満十八年以上の日本国民……で、その者に係る……住民票が作成された日……から引き続き三箇月以上……住民基本台帳に記録されている者について行う。 ――公職選挙法 第21条第1項
ここに、はっきり「住民票」「住民基本台帳」と書かれています。つまり一般国民の場合、住民票が作られ、3か月がたち、選挙人名簿に登録されて、はじめて投票できるという順番になります。選挙権があっても、名簿に載らなければ投票はできません。登録の出発点は、あくまで住民票にあるのです。
皇族方には、名簿への入口がない
前回見たとおり、皇族方には住民票がありません。身分は皇統譜に登録され(皇室典範第26条)、戸籍法の適用を受けず、住民基本台帳法も適用されないからです。住民票がなければ住民基本台帳に記録されず、したがって選挙人名簿にも登録されません。現行の制度では、実際に投票することはできません。マイナンバーのときと、まったく同じ構造です。入口でつながっていないので、その先へ進めないのです。ただし、これは手続きの筋道の話であって、「住民票さえあれば投票できる」という単純な話ではありません。背景には、後で見る憲法第4条の考え方があります。

「禁じられている」わけではない
皇室に選挙権がないのは、法律が禁じているからではありません。公職選挙法には、選挙権を失う人を並べた条文があります。第11条です。
(選挙権及び被選挙権を有しない者) 次に掲げる者は、選挙権及び被選挙権を有しない。 一 削除 二 拘禁刑以上の刑に処せられその執行を終わるまでの者 三 拘禁刑以上の刑に処せられその執行を受けることがなくなるまでの者…… ――公職選挙法 第11条第1項(抜粋)
ここには服役中の方、選挙犯罪で刑に処せられた方などが挙げられています。そして、この一覧に、天皇も皇族も入っていません。つまり法律は、「皇室から選挙権を取り上げる」とは一言も書いていないのです。にもかかわらず投票できないのは、禁じられているからではなく、選挙人名簿に載る道がないからです。前回のマイナンバーとまったく同じ形で、名指しで除外されているのではなく、住民票がないという一点から、結果としてそうなります。この連載では、この構図が何度も登場します。
国民審査も、同じ名簿を使う
最高裁判所裁判官の国民審査はどうでしょうか。別の法律にもとづく投票ですから、扱いが違ってもおかしくありません。けれど、結論は同じです。条文が、こう定めているからです。
(審査人の名簿) 審査には、公職選挙法……に規定する選挙人名簿及び在外選挙人名簿で衆議院議員総選挙について用いられるものを用いる。 ――最高裁判所裁判官国民審査法 第8条
衆議院議員総選挙で使う、あの選挙人名簿をそのまま使うのです。専用の名簿を新しく作るわけではありません。ですから、選挙人名簿に載らない皇室の方々は、国民審査にも参加されません。法律が二つに分かれていても、名簿は一つ。入口は同じところにあったわけです。

背景にある憲法第4条
ここで、なぜそのような扱いになっているのかを考えると、背景には憲法上の天皇の地位があります。憲法は、天皇の行為についてこう定めています。
天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。 ――日本国憲法 第4条第1項
天皇は政治に関わらない。これが、戦後の象徴天皇制の根幹です。もし天皇陛下が投票されれば、どの党に投票されたかが必ず取り沙汰されます。仮に伏せられたとしても、憶測が政治的に使われることは避けられないでしょう。政治的な中立を保つということは、政治に関わる手段を持たないということでもある。選挙権のない状態は、この考え方と地続きにあります。この点については、内閣総理大臣が国会ではっきり答弁しています。
例えば、我々は全員パスポートを持っているわけでございますが、天皇陛下は持っておられないわけでございます。天皇については、憲法上、第一条において……第四条において、国政に関する権能を有しないとされているわけでありまして、一票を投じられるということももちろんありませんし、そして立候補するということももちろんこれはないわけでございます。そういうことにおいて、一般の国民とは異なる一定の制約があるという御存在であるということではないかと思います。 ――第193回国会 衆議院予算委員会(2017年1月26日)
投票されないことも、立候補されないことも、政府の公式な説明として記録に残っています。そしてそれは「特権」ではなく「制約」と表現されています。もっとも、憲法第4条の考え方は説明としての整理であって、「憲法第4条があるから選挙権がない」と条文に書いてあるわけではありません。実際の仕組みは、あくまで住民票と選挙人名簿の話ですから、ここは分けて理解しておく必要があります。
天皇陛下と皇族方で、違いはあるのか
この連載では毎回、天皇陛下の場合と、その他の皇族方の場合を分けて見ていきます。前回のマイナンバーは違いがありませんでしたが、次回のパスポートでは扱いがはっきり分かれます。選挙権については、違いはありません。理由は単純で、住民基本台帳法の適用除外が「天皇及び皇族」の両方に及ぶからです。政府は国会でこう説明しています。
戸籍法の適用を除外されております天皇及び皇族につきましても住民基本台帳法の適用が除外されております。 ――衆議院総務委員会(2002年2月28日)総務省自治行政局長答弁
住民票がないという条件は、天皇陛下も宮家の皇族方も同じです。ですから、選挙人名簿に載る道がないことも同じです。2022年2月18日の衆議院予算委員会では、女性皇族が結婚後も皇族にとどまる案をめぐって、この点が具体的に取り上げられています。
女性皇族は戸籍を持っていませんから、投票券来ませんよ。でも、配偶者は投票権を行使する。だけじゃありません、被選挙権だってあるでしょう、立候補できますよ、政治団体つくれますよ、政党つくれますよ。……そういう配偶者と皇族が一緒に家庭を営む。これ、いいんですか。 ――第208回国会 衆議院予算委員会(2022年2月18日)野田佳彦議員の質疑
これは政府答弁ではなく議員の指摘ですが、論点をよく表しています。同じ家庭のなかで、妻には投票券が届かず、夫には届く。改正が現実になった今、これは想像上の話ではなくなりました。
2026年の改正で、国民投票だけがはっきり手当てされた
2026年7月に成立した改正法(皇室典範等の一部を改正する法律)によって、一般男性と結婚した内親王・女王には住民基本台帳法が適用されることになりました。住民票が作られる、ということです。すると、先ほどの順番からいって、選挙人名簿に登録される可能性が出てきます。結婚した女性皇族が、一票を持つのか。 この点について、法律案要綱にはっきりした記述があるのは、国民投票のほうです。
第4により、天皇及び皇族以外の男子と婚姻をした内親王及び女王が住民基本台帳に記録される対象となることに伴い、当該内親王及び女王をこれまでどおり国民投票の投票人名簿及び在外投票人名簿の登録対象から除外するため、所要の改正を行う。(附則第八条関係) ――皇室典範等の一部を改正する法律案要綱
この一文からは、二つのことが読み取れます。一つは、これまでも皇族方は国民投票の対象ではなかったこと。「これまでどおり」と書かれているとおりです。もう一つは、住民基本台帳に記録されると、放っておけば対象に入ってしまうこと。だからこそ、附則第8条でわざわざ除外する改正が必要になったのです。裏を返せば、投票人名簿が住民基本台帳とつながっていることの証明でもあります。
一方、公職選挙法については、要綱に改正の記載がありません。では結婚した内親王・女王が選挙権を持つことになるのか――そう問いたくなりますが、断定はできません。改正された住民基本台帳法第39条には、次のような第2項が新しく加えられているからです。
前項に規定する内親王及び女王に対するこの法律及び電子署名等に係る地方公共団体情報システム機構の認証業務に関する法律の規定の適用については、政令で特例を定めることができる。 ――皇室典範等の一部を改正する法律 第4条
住民基本台帳法をどこまで適用するかは、政令で調整できる仕組みになっています。その政令のうち住民票にかかわる部分は、2026年9月11日の閣議で決まりました。住民基本台帳法施行令の改正で、結婚後も皇族である内親王・女王の住民票には、「氏名」の代わりに「名」だけを、「戸籍の表示」の代わりに「内親王等住民である旨」を記載します(内閣官房の資料による)。ただ、この政令の概要が定めているのは住民票の記載事項で、選挙人名簿への登録には触れていません。そのため、住民票が作成されることと、公職選挙法上の取扱いとの関係は、なお整理が必要な状態です。選挙人名簿への登録がどう扱われるのかは、確認できた資料には示されていません。改正法は2026年10月24日に施行されました。

別の見方
皇室に選挙権がないことについては、いくつかの受け止め方があります。当然だと考える立場は、天皇は憲法第4条により国政に関する権能を持たず、政治的中立を守るためには投票しないことが不可欠だと見ます。権利の制約と見る立場は、選挙権は国民の基本的な権利であり、それが事実上ないことは重い制約で、少なくとも「特権」ではないと考えます。
整理が必要だと考える立場は、法律に明文の規定がないまま、住民票の有無という技術的な理由で結果的に投票できないという状態は分かりにくく、きちんと条文で位置づけるべきだとします。とくにこの三つ目は、2026年の改正で現実味を帯びました。国民投票については明文で除外が維持された一方、公職選挙法には手が入っていません。どこまでを法律で書き、どこからを政令に委ねるのかが、改めて問われています。
筆者の考え
筆者は、法律が皇室を名指しで排除していないという点が重要だと考えています。「天皇は選挙権を有しない」と書かれた条文は、どこにもありません。公職選挙法第11条の一覧にも入っていない。それでも投票できない。住民票がないから、名簿に載らない――ただそれだけの理由です。マイナンバーとまったく同じ構図であり、皇室は、禁じられているのではなく、制度の外側にいるということです。
一票を持たないことは、確かに大きな制約です。けれど筆者は、これを単純に「気の毒だ」と言うつもりはありません。政治から距離を置くことこそが、天皇という地位を成り立たせているからです。どの立場にも与しないからこそ、すべての国民の象徴でありうる。一票を手放すことは、その代償であり、同時に条件でもあるのだと思います。
そのうえで、制度の書き方には課題があると感じています。「これまでどおり除外する」と、わざわざ法律に書かなければならなかったという事実は、今の仕組みが偶然の上に成り立っていたことを示しています。住民票という技術的な条件が変わっただけで、投票権の有無が動いてしまう。それは、制度として頑丈とは言えません。政令で何がどう定められ、何が定められていないのか。地味な話ですが、皇室の位置づけを条文の上で確認する、またとない機会だと考えています。
次回は、国の外へ出るときの話
住民票がないと、選挙にも行けない。では、国の外へ出るときはどうなるのでしょうか。次回・第3回は、「皇室にパスポートは必要なのか」です。外国訪問の多い皇族方は、あの冊子を持っておられるのでしょうか。
参考・出典
- 公職選挙法(昭和25年法律第100号)第2条・第9条・第11条・第21条|e-Gov法令検索
- 最高裁判所裁判官国民審査法(昭和22年法律第136号)第8条|e-Gov法令検索
- 第193回国会 衆議院予算委員会(2017年1月26日)内閣総理大臣答弁|国会会議録検索システム
- 住民基本台帳法(昭和42年法律第81号)第39条|e-Gov法令検索
- 衆議院総務委員会(2002年2月28日)総務省自治行政局長答弁|国会会議録検索システム
- 第208回国会 衆議院予算委員会(2022年2月18日)質疑|国会会議録検索システム
- 日本国憲法 第4条|e-Gov法令検索
- 皇室典範(昭和22年法律第3号)第26条|e-Gov法令検索
- 「皇統譜令の一部を改正する政令」及び「住民基本台帳法施行令の一部を改正する政令」の概要|内閣官房(2026年9月11日) ―― 内親王等住民の住民票の記載事項の特例(「氏名」→「名」、「戸籍の表示」→「内親王等住民である旨」)、施行は令和8年10月24日
- 皇室典範等の一部を改正する法律案要綱|衆議院 ―― 「4 日本国憲法の改正手続に関する法律の一部改正」(附則第八条関係)
- 皇室典範等の一部を改正する法律案(第221回国会 閣法第64号)本文(第4条・附則第8条)|衆議院 ―― 国民投票法第22条第1項・第36条第1項から「婚姻内親王等」を除く改正
- 日本国憲法の改正手続に関する法律(平成19年法律第51号)第22条|e-Gov法令検索 ―― 投票人名簿の登録は「住民基本台帳に記録されている者」について行う
参考書籍
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