2026-07-30

皇統譜とは何か ―― 皇族に「戸籍がない」という話
前回の記事で、改正皇室典範の案①に触れて、こう書きました。「結婚後も皇統譜(こうとうふ)に残ったまま、住民基本台帳法の適用を受ける」。
ここで、こう思った方もいるのではないでしょうか。
そもそも、皇統譜って何?
実はこの言葉の背景には、意外と知られていない事実があります。天皇陛下や皇族方には、戸籍がないのです。今回は、皇室の「身分の記録」の仕組みを、ゼロから解説します。
結論 ―― 戸籍の代わりに、皇統譜がある
先に、要点をまとめておきます。
- 天皇・皇族には、戸籍がありません。戸籍法の適用を受けないためです。
- その代わりに、皇統譜という皇室専用の身分記録があります。
- 皇統譜は、天皇・皇后などを記録する大統譜(たいとうふ)と、その他の皇族を記録する皇族譜(こうぞくふ)からなります。
- 正本は宮内庁に、副本は法務省に保管されています。
つまり皇統譜とは、皇室にとっての「戸籍にあたるもの」。ただし、その中身と意味は、戸籍とはずいぶん違います。
なぜ、皇族には戸籍がないのか
まず、「戸籍がない」という事実からです。
戸籍は、国民の出生・結婚・死亡などを記録する制度で、「氏名」――氏(うじ・姓)と名を単位に作られています。ところが、天皇や皇族には、そもそも氏(姓)がありません。愛子内親王殿下も悠仁親王殿下も、「お名前」だけで、名字を持たないのです。
氏を前提とする戸籍の仕組みに、氏のない天皇・皇族は、はじめから乗らない。だから戸籍法は天皇・皇族に適用されず、皇室には皇室専用の記録が用意されている――こういう関係です。
天皇陛下をお名前で呼ばないことや、「陛下」「殿下」という敬称の仕組みと同じように、皇室が私たち国民とは別の公的な枠組みの中におられることの、制度的な表れと言えます。
皇統譜とは ―― 大統譜と皇族譜
では、皇統譜の中身を見てみましょう。根拠となる条文は、皇室典範にあります。
天皇及び皇族の身分に関する事項は、これを皇統譜に登録する。 ――皇室典範 第26条
たった一文です。中身の決まりは、皇統譜令(昭和22年政令第1号)という別の政令に置かれています。
皇統譜は、二つの帳簿からなります。
- 大統譜 ―― 天皇・皇后・太皇太后・皇太后の記録。
- 皇族譜 ―― その他の皇族方の記録。
記録されるのは、身分に関する事項です。ご誕生、命名、立太子、婚姻、そして崩御・薨去――人生の節目が、ここに記されていきます。
保管については、副本を法務省が保管することが、皇統譜令第2条にはっきり書かれています。正本のほうは宮内庁(書陵部)が保管し、「内閣総理大臣の承認を得た場合の外、これを尚蔵の部局外に持ち出してはならない」(第6条)と定められています。国の根幹に関わる記録として、二重に守られているわけです。
余談 ―― 80年続く「当分の間」
ここで一つ、条文を読んでいて驚いたことを書いておきます。
現行の皇統譜令は、全部で6か条しかありません。しかも第1条が、こうです。
この政令に定めるものの外、皇統譜に関しては、当分の間、なお従前の例による。 ――皇統譜令 第1条
「従前の例」とは、戦前の旧・皇統譜令(大正15年皇室令第6号)のことです。つまり、いま挙げた大統譜と皇族譜の区分も、記載の様式も、現行の政令には書かれていません。戦前の決まりを、そのまま引き継いで使っているのです。
そして、この「当分の間」が、80年近く続いています。
皇統譜は、天皇と皇族の身分を公証する、たった一つの記録です。それを支える足元の法令が、戦前の規定を借りたまま今日に至っている――制度というものの、少し不思議な一面だと思います。

戸籍がないと、暮らしはどうなるのか
「戸籍がない」ことは、皇族方の日常にも関わってきます。
戸籍がなければ、住民票もありません。そして、私たちの社会の多くの仕組みは、戸籍と住民票を土台に動いています。
- 選挙 ―― 選挙人名簿は住民票をもとに作られるため、皇族方は名簿に登録されず、投票も行われません。
- 婚姻や出生の届け出 ―― 市役所への届け出ではなく、皇統譜への登録という形をとります。
- 氏名の変更・本籍の移動といった、戸籍にまつわる手続きそのものが存在しません。
こうして見ると、皇族という立場が、私たちの「当たり前」の外側にあることが、記録の面からも分かります。それは特権というより、国民の制度の外側で生きるということでもあるのです。
皇室に「入る」とき、「離れる」とき
皇統譜と戸籍の関係がいちばんよく見えるのは、皇室への出入りの場面です。
- 皇室に入るとき ―― 一般国民の女性が皇族男子と結婚すると、戸籍から除かれ、皇統譜に登録されます。皇后陛下も秋篠宮妃紀子殿下も、ご結婚のときに戸籍を離れられました。
- 皇室を離れるとき ―― 女性皇族が結婚により皇籍を離れると、皇統譜から離れ、新しく戸籍が作られます。氏(名字)を持つのも、このときからです。皇統譜令にも、皇族の身分を離れたときは「その年月日を……登録し、事由及び氏名を附記しなければならない」(第5条)とあります。皇統譜に「氏名」が書かれるのは、皇室を離れるその瞬間なのです。
- 1947年の皇籍離脱 ―― 11宮家51方が一斉に皇室を離れたときも、同じように、それぞれに戸籍が作られ、「一般国民」としての暮らしが始まりました。
皇統譜と戸籍は、どちらか一方にしか載らない。これが、これまでの大原則でした。
案①で生まれる、「両方につながる」形
ところが、2026年7月17日に成立した改正皇室典範の案①は、この大原則に、新しい形を持ち込みます。
結婚後も皇族にとどまる女性皇族は、皇統譜に残ったまま、住民基本台帳法の適用を受けることになりました(同法第39条の改正)。皇族でありながら、一般国民である夫や子と同じ世帯の一員として、住民制度にも接続される――皇統譜と住民の記録の「両方につながる」、これまでにない形です。
一般国民との結婚生活と、皇族としての立場を両立させるための工夫です。政府は、日常のサービスを受けるときに住民票が必要になることへの対応だと説明しています。80年近く続いた「どちらか一方」の原則から見れば、静かで大きな変化だと言えます。
なお、住民基本台帳に記録されると、選挙人名簿の登録要件(公職選挙法第21条)に関わってきます。改正法は、国民投票については投票人名簿の対象から除くと明記しました(附則第8条)。いっぽう選挙については、住民基本台帳法の適用に関して「政令で特例を定めることができる」とされており、細かい扱いはこれから決まります。

筆者の考え
ここからは、筆者の考えです。
「皇族には戸籍がない」と聞くと、多くの人は驚くと思います。けれど筆者は、この事実こそ、皇室という存在の本質をよく表していると感じています。
戸籍がないことは、便利でも特権でもありません。住民票も、選挙権の行使も、名字を選ぶ自由もない。皇族方は、私たちが空気のように使っている制度の外側で、「公的な存在」として生きておられるのです。皇籍復帰の記事や案①の記事で「皇族になるとは自由を手放すこと」と書いてきたのは、こうした記録の仕組みひとつにも表れています。
同時に、皇統譜という記録には、もう一つの顔があります。それは、皇統という長い系譜の「現在のページ」だということです。ご誕生も婚姻も崩御も、すべてが皇統の記録として積み重なっていく。戸籍が「個人と家族」の記録だとすれば、皇統譜は「継承」の記録なのだと思います。
制度の議論は、とかく賛否から始まりがちです。けれど、こうした足元の仕組みを一つずつ知ることが、皇位継承の議論を地に足のついたものにしてくれる――筆者はそう考えています。
まとめ
- 天皇・皇族には戸籍がない。氏(姓)を持たず、戸籍法の適用を受けないため。
- 代わりに皇統譜という皇室専用の身分記録があり、大統譜(天皇・皇后など)と皇族譜(その他の皇族)からなる。
- ご誕生・命名・婚姻・崩御薨去などが記録され、正本は宮内庁、副本は法務省に保管される。
- 戸籍がないため住民票もなく、選挙人名簿にも登録されない。皇族は国民の制度の外側におられる。
- 皇室に入るときは戸籍から皇統譜へ、離れるときは皇統譜から新しい戸籍へ。「どちらか一方」が大原則だった。
- 改正の案①により、皇統譜に残ったまま住民基本台帳法の適用も受けるという新しい形が生まれる(施行は2026年10月24日)。
「皇統譜」という一つの言葉の向こうに、皇室と国民の制度の違い、そして皇統という長い記録の積み重ねが見えてきます。ニュースで見かけたとき、この記事を思い出していただければ幸いです。
参考・出典
- 皇室典範(昭和22年法律第3号)第26条|e-Gov法令検索
- 皇統譜令(昭和22年政令第1号)|e-Gov法令検索
- 住民基本台帳法(昭和42年法律第81号)第39条|e-Gov法令検索
- 住民基本台帳法施行令(昭和42年政令第292号)第33条(法を適用しない者=戸籍法の適用を受けない者)|e-Gov法令検索
- 公職選挙法(昭和25年法律第100号)第21条|e-Gov法令検索
- 皇室典範等の一部を改正する法律案(第221回国会 閣法第64号)法律案本文|衆議院
- 皇室典範等の一部を改正する法律案要綱|衆議院
- 改正皇室典範を公布、10月24日施行 女性皇籍保持と旧宮家の養子|日本経済新聞(2026年7月24日)
参考書籍
この記事のテーマを、もっと深く知りたい方へ。
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