2026-07-18

連載「旧宮家と皇籍復帰第2回(全2回)

なぜ旧宮家だけが候補なのか

なぜ旧宮家だけが候補なのか ―― 皇族復帰が議論される理由

皇位継承の議論では、しばしば「旧宮家(きゅうみやけ)の男系男子を、皇室に迎える」という案が取り上げられます。いわゆる案②です。

このとき、多くの方が、こう感じるのではないでしょうか。

  • なぜ、旧宮家だけが候補なのか。
  • ふつうの一般人では、なぜ、だめなのか。

この記事は、その賛否を論じるものではありません。「なぜ、今の案②で、旧宮家が候補になっているのか」――その理由を、制度・歴史・今の議論の3つの面から、できるだけ分かりやすく整理してみます。


結論 ―― 「男系での継承」を保てる可能性があるから

先に、結論から言ってしまいます。

今、旧宮家だけが候補になっている理由は、つまるところ一つです。旧宮家の男系男子であれば、これまで一度も途切れていない「男系による皇位継承」を、将来にわたって保てる可能性があるからです。

これは、「旧宮家がえらい」とか「特別だ」という話ではありません。あくまで、今の皇室典範と、男系継承という前提のなかで、制度として筋が通るのが旧宮家だった、というだけのことです。

なぜ男系がそれほど重視されるのか、そもそも継承が今どれほど厳しい状況なのかは、男系継承の危機で詳しく触れています。ここでは、その前提の上で話を進めます。


そもそも「旧宮家」とは何か

まず、言葉の整理からです。

宮家(みやけ)」とは、天皇の本家とは別に立てられた、男系の皇族の家のことです。父方をたどれば、歴代の天皇に行きつきます。宮家が歴史のなかでどんな役割を果たしてきたかは、「宮家」とは何かにまとめました。

旧宮家」は、そのうち、1947年(昭和22年)に皇室を離れた11の宮家を指します。戦後の財政の事情やGHQの方針などを背景に、11宮家・51人の方々が、一斉に皇族の身分を離れ、民間人になりました。この経緯は、旧十一宮家とは何かで扱っています。

ここで大事なのは、次の2点です。

  • 旧宮家は、1947年まで、実際に皇族だった
  • そして、父方をたどれば天皇につながる、男系の皇族である。

つまり旧宮家は、「もともと皇族で、今も男系で皇統につながっている家」なのです。ここが、一般の人とは決定的に違うところです。

なお、「とはいえ、天皇家との血のつながりは600年ほど前までさかのぼる。遠すぎるのではないか」と感じる方もいるかもしれません。この「遠さ」をどう考えるかは、「旧宮家は遠すぎる」は本当かで、別に取り上げています。


なぜ、一般の人ではだめなのか

ここが、この記事のいちばんのポイントです。

「男系の担い手を増やしたいなら、いっそ広く一般から迎えてもいいのでは」と思うかもしれません。けれど、ここで論点になっているのは――

その人が「皇族になれるか」

ではなく、

その人やその子孫が、将来「皇位継承資格」を持つ可能性があるか

なのです。

何が「論点」なのか

今の皇室典範では、皇位を継げるのは「男系の男子」に限られています。一般の民間人は、父方をたどっても天皇には行きつきません。ですから、たとえ皇室に迎えたとしても、その方やお子さまが、男系男子として皇位継承資格を持つ、という筋道にはならないのです。

一方、旧宮家の男系男子であれば、父方が天皇につながっています。そのため、(皇室典範の改正を前提に)迎えられれば、そのお子さまは「生まれながらの男系男子」となり、継承資格につながる可能性があります。この案②のしくみは、「案②」を掘り下げるで詳しく説明しています。

「一般の人」と「旧宮家」は、何が違うのか

なお、今の皇室典範は、養子を認めていません(第9条)。ですから案②は、典範の改正を前提とした案である、という点も押さえておきたいところです。


案①と案②は、目的が違う

「では、案①(女性皇族が結婚後も皇室に残る案)ではだめなのか」という声もあります。ここは混同しやすいので、整理しておきます。

2つの案は、そもそも目的が違います

案① 案②
内容 女性皇族が結婚後も皇室に残る 旧宮家の男系男子を養子に迎える
おもな目的 皇族の数を保つ 皇位継承資格を保つ
  • 案①は、結婚のたびに皇族が減っていく現状に対応し、皇室の活動を支える人数(皇族数)を保つための案です。ただし、残るのはご本人までで、夫と子は民間人。子に継承資格はありません。
  • 案②は、男系での皇位継承資格を、将来にわたって保つための案です。

2つの案の全体像は、皇室典範改正の「2つの案」にまとめています。旧宮家が候補になるのは、あくまで案②の話であり、それは「人数」ではなく「継承資格」を保つための整理だ、ということです。


よくある疑問

ここからは、旧宮家をめぐってよく耳にする疑問を2つ、事実にそって整理してみます。

「80年間も民間人だったのに、国民の理解が得られるのか」

まず紹介したいのが、この意見です。「1947年に皇室を離れてから、すでに80年近い。もう一般人ではないか」というものです。

これは、うなずける面もある疑問です。ただ、事実として押さえておきたいことがあります。

今の皇室にも、民間から皇室に入られた方が、いらっしゃいます。

  • 上皇后陛下(美智子さま)は、民間のご出身です。
  • 皇后陛下(雅子さま)も、民間のご出身です。

お二方とも、民間で育たれたのち皇室に入られ、長年にわたって皇族として公務を務めてこられました。この事実にてらせば、「民間の出身だから、皇族として務まらない」という考え方には、慎重であってよいように思います。

さらに、旧宮家の方々は、菊栄親睦会(きくえいしんぼくかい)――旧皇族による親睦団体――などを通じて、今の皇室とも交流を保っておられます。幼いころから、皇室について学ぶ環境にある方も、少なくありません。この点で、まったく縁のない一般の民間人とは、事情が異なります。

「そもそも、皇族に戻りたい人がいるのか」

もう一つ、よく聞かれるのが、この疑問です。

これも、もっともな問いです。ただ、少し考えてみたいことがあります。

まだ制度そのものが存在していない今の段階で、「自分は皇族になりたい」と公言する方がいたら、かえって不自然でしょう。旧宮家の方々は、皇族が担う責務の重さを知っているからこそ、軽々しく意思を口にする立場にはない、とも考えられます。

そして、この問いには、少し込み入った面もあります。

  • 希望する人がいれば、「皇族になりたがっている」と批判される。
  • 希望する人がいなければ、「なり手がいないのだから、制度は不要だ」と言われる。

――つまり、どちらに答えても、制度を否定する材料になりうる問いでもある、ということです。

また、実際に制度化が進む場合には、現在の宮家の当主などとの十分な調整を経て、慎重に進められるはずのものです。そうした具体的な調整が、決まる前にメディアに出てくる、とは考えにくい面もあります。ですから、「なり手の話が聞こえてこない」ことだけを理由に、制度の要不要を判断するのは、早いのかもしれません。


筆者の考え

ここからは、筆者の考えです。

旧宮家をめぐる話は、いつも「賛成か、反対か」から始まりがちです。けれど筆者は、その手前に、置き去りにされがちな問いがあると感じています。「そもそも、なぜ旧宮家なのか」という、仕組みそのものへの問いです。

この記事で見てきたように、旧宮家が候補になっているのは、「特別扱い」でも「えらいから」でもありません。男系による継承という長い前提の上で、制度として筋が通る相手が、たまたま旧宮家だった――ただ、それだけのことです。ここを外したまま賛否だけをぶつけ合っても、議論はかみ合わないように、筆者には思えます。

とりわけ「なり手はいるのか」という問いは、象徴的だと感じます。希望する人がいれば「なりたがっている」と言われ、いなければ「制度は不要だ」と言われる。どちらに転んでも、否定の材料にされてしまう。こうした問いの立て方そのものを、まずは落ち着いて解きほぐしたい――そう筆者は考えています。

「36〜38親等」という報道について

もう一つ、最近の報道について、触れておきたいことがあります。

2026年7月、宮内庁の次長は国会で、旧宮家の男系男子と天皇陛下とのあいだには「36〜38親等の隔たりがある」と答弁しました。多くのメディアが、この数字を大きく取り上げ、なかには「赤の他人ではないか」といった反応も見られました。

たしかに、父方(男系)の血筋だけをたどれば、両者が分かれたのは約600年前の伏見宮家にさかのぼります。それだけ遠い、というのは事実です。けれど筆者は、この「遠さ」だけを強調する報じ方には、大切な点が二つ抜け落ちているように感じます。

一つは、宮家という存在の、そもそもの役割です。「宮家」とは何かで見たように、宮家は、皇統が途絶えるという万一の事態に備えて維持されてきました。その出番は、本来、何百年に一度あるかどうか。数百年先を見据えて男系の血筋を絶やさずに保つ――それが宮家の務めでした。だとすれば、血筋が遠いのは、いわば当然のことです。むしろ、それだけ長く男系の系統が続いてきたことの証でもあります。「遠い」ことは、宮家の欠陥ではなく、宮家がその役割を果たし続けてきた歴史そのものなのです。

もう一つは、血のつながりは、父方(男系)だけではない、ということです。婚姻を通じた血縁――母方をたどる近さ――を見れば、旧宮家と今の皇室は、何度も深く結ばれてきました(詳しくは「旧宮家は遠すぎる」は本当か)。

  • 明治天皇の成人された皇女四方は、全員が旧宮家(竹田宮・北白川宮・朝香宮・東久邇宮)に嫁がれました。
  • 昭和天皇の第一皇女・成子(しげこ)内親王も、東久邇宮家に嫁がれています。
  • そして、昭和天皇のお后である香淳皇后は、久邇宮家のご出身です。

つまり、今の皇室は、母方をたどれば久邇宮家の血を引いており、旧宮家の側もまた、母方をたどれば明治天皇や昭和天皇につながる家が少なくありません。男系では遠くとも、婚姻を重ねてきた「近い親戚」でもある――これが、もう一つの事実です。

男系では遠く、母方では近い

にもかかわらず、「36〜38親等」という男系の遠さを示す数字だけが独り歩きし、こうした血縁の近さがほとんど語られないのは、あまりに一面的だと筆者は感じます。数字のインパクトだけが伝わり、「赤の他人」という印象だけが残る。それは、意図的かどうかはともかく、結果として読者をミスリードしかねず、この問題を冷静に考えるうえで、決して助けにはなりません。

制度をどうするかは、これからの議論に委ねられています。その議論が、仕組みを正しく踏まえたうえで、冷静に交わされることを願っています。


まとめ

  • 今旧宮家だけが候補になっているのは、「特別扱い」だからではなく、男系での皇位継承を保てる可能性があるから。
  • 旧宮家は、1947年まで皇族であり、父方をたどれば天皇につながる男系の皇族。ここが一般の人と決定的に違う。
  • 論点は「皇族になれるか」ではなく、「将来、皇位継承資格を持つ可能性があるか」。一般の民間人は男系で天皇につながらないため、その筋道にはならない。
  • 案①は「皇族数」を、案②は「継承資格」を保つための案で、目的が違う。旧宮家が候補になるのは案②の話。
  • 「80年間民間人だった」「なり手がいるのか」といった疑問には、上皇后・皇后が民間出身であること、菊栄親睦会などの交流があること、制度がまだ存在しないことなど、事実にてらして考えるべき点がある。
  • 今の皇室典範は養子を認めておらず(第9条)、案②は典範改正を前提とした案である。
  • 2026年7月、宮内庁次長は国会で旧宮家男系男子と天皇陛下の「36〜38親等の隔たり」に言及したが、これは父方(男系)の遠さ。宮家はもともと数百年先の万一に備える存在で遠いのは当然。婚姻を通じた血縁(母方)では、明治天皇の皇女四方が全員旧宮家へ、香淳皇后は久邇宮家出身など、何重にも結ばれた近い親戚でもある。男系の遠さだけを強調する報道は一面的。

旧宮家が候補になっているのは、だれかが「えらい」からでも、「特別」だからでもありません。今の皇室典範と、男系継承という長い前提のなかで、制度として筋が通るのが、たまたま旧宮家だった――そういう整理なのです。

賛成か反対かは、人によって違ってよいと思います。ただ、その手前にある「なぜ旧宮家なのか」という仕組みを知っておくことは、この問題を落ち着いて考えるうえで、きっと役に立つはずです。